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- 26 / Mar / 2005 Cusco - Puno, Peru.

朝6時に起床。7時半に駅に向かう。話しどおり車内はガラガラ。
ゆっくりと4000m超の車窓を楽しむ。気分はすっかり、「世界の車窓から」。
石丸謙二郎のナレーションが欲しいところだ。
「クスコを出た列車はゆっくりと高度3800mのプーノへと走る。アンデスの美しくも牧歌的な景色に乗客の顔も晴れ晴れ。列車はやがて、ララヤという高度4300mの最高地点に到着する。駅はお土産やフルーツを売りにきた村人で大賑わい。乗客は村人との交渉を楽しむ。ここにはいつも変わらない旅人と村人の笑顔と笑い声が響いている・・・。」
とこんな感じだろうか。

しかし、朝からタバコを吸っていない俺はダッシュで駅に飛び出すと、大声で「シガーロ!」と叫ぶ。タバコを売っているおばちゃんに笑顔も返さず、タバコを買う。金を払って箱を開けると既に数本ない。なんだよ、ばら売りしてんじゃん。と、おばちゃん笑いながら1ソル返してくれた。一服して漸く俺にも笑顔が戻ってきた。しかーし、高度4300mで走ってタバコを買い、間髪居れずに一服するなど、ほぼ自殺行為。その後15分置きに息苦しくなって「ぐはっ!」と呼吸に喘ぐことになってしまった。ただ今、酸素大募集!

美しい景色に見とれながらも、ウトウトすると酸欠で目が覚める。うーんちょっと辛い。列車は1時間半遅れで6時半プーノに到着。伝説の初代皇帝の名を冠した「マンコ・カパック・イン」という凄い名前の宿に泊まる。

フロントに清水さんから俺宛のメモがあり、7時にレストランにいるというので荷物だけ部屋にぶち込み、道を教えてもらいレストランへ。レストランには清水さんの他、清水さんの後輩の松本さんという女性が一緒だった。「アラスカに行く位なら、西海岸の国立公園のほうが良いですよ。」等と言われるが、MBA専攻しているようなキャリア志向の女性に大陸縦断という男のロマンなど理解は出来まい、と笑って誤魔化す。
チチカカ湖でとれるマスが旨い。

食後明日のチチカカ湖ツアーを予約し、清水さんとネットに行って寝る。



- 27 / Mar / 2005 Puno, Peru.

朝6時15分にツアーのピックアップがあるというのでホテルの前で飯も食わずに待っていたが迎えのワゴンが来たのは6時50分だった。なんだよ、朝飯食えたじゃん!

10分も走らないうちに車はボートの桟橋に到着。ボートで各自が自己紹介をしているうちにボートはトトラと呼ばれる藁で出来た浮島に到着。
一度見てみたかったチチカカ湖の浮島。期待に胸を膨らませ、いざ上陸!藁で出来た島だけあって歩くとググっと足が沈む。こんな所でよく生活するもんだ。島は大小いくつかあるが、観光客が寄る島は決まっているようで、小さな子供を含め、島人全員が土産物を売る姿にがっかりした。子供の写真を撮ったら、「1ソル」と小さな手のひらを出されてしまい、微妙な思いになりながら金を払う。

同じくトトラで出来たトトラ船にみんなで乗りこむも、10分も乗らないうちに各自5ソルを徴収される。本来この島は独自の経済システムを持っていたはずだが、俺らのような観光客が来るようになってからは、観光収入のみになってしまったようだ。悲しくもこれが現実。お金の意味などまだ理解できていないような幼稚園位のハナタレ小僧までがお土産のミサンガを売っている。この子供達には自分が何をしているのかも当分理解は出来まい。感動よりも色々考えさせられるツアーである。

その後ツアーは陸島に向かうも観光に頼る島の生活は浮島と変わらない。本来は豊かな漁場として人々の生活を支えるチチカカ湖は『世界最高度に位置する湖という観光地』以外の意味を失っているように思えてならなかった。もし観光客が離れるようなことがあれば、プーノの町も含め、ここらの生活はなくなってしまうだろう。
旅の功罪を思い知らされる。

夕刻、町に戻ってエージェントに向かうもやはり明日のリマ行きのフライトはいっぱいらしい。火曜の便を予約し、飯を食ってから再びネット屋に行く。
衝撃のメールを受信し呆然とする。

混乱した頭を抱えながら宿に戻ろうとすると、道端に座り込んでいた2人の少年が俺を追ってくる。ヤバイ!と、とっさにレストランに飛び込む。ドアマンが俺の様子に直ぐに状況を理解し、警察呼ぼうか?と言ってくれるが、暫く様子を見て小走りで宿に戻る。
やはり街中で気を抜いてはいけない。



- 28 / Mar / 2005 Puno, Peru.

睡眠不足のせいか、終日眠い。
日記を書いて、写真を整理してほぼ一日中寝る。


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