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- 22 / Dec / 2004 Buenos Aires, Argentina.
昨日ネットカフェでの成功の余韻に浸り、今日は特にすることがないと、沈没生活をエンジョイするはずだったが、日系人の引越しがあり、手伝うと焼肉をご馳走してくれるとの事なので暇を持て余している俺にとってはオイシイ話だ。
長時間のライディングに備えてコルセットを持ってきたのだが、まさかこんな事に使用するとは思いもしなかった。
約束の時間に30分くらい遅れ現場に到着。
見ればアフリカ君が先に到着して既に作業を始めていた。重量物は若いアフリカ君に任せて、老獪なオヤジと化した俺は適度に重そうに見える箱類を運びながら、現場監督の地位を確保。知恵が無ければ人間生きていけません。トラック2往復で全ての荷物は運び終わり、最後に日本人会館の最上階にデカイスチール棚を運び入れれば、終了。しかしこれが階段を上らない。縦にして横にして斜めにしても階段のカ ーブを超えない。皆でさんざん悩んだ挙句、諦めて捨てることにした。道端に放り出しておけば30分もしなうちに、誰か持っていくだろうとの事。日本だったら30分で近所からクレームが来るだろう。
肉体労働の後は会館に併設されている食堂でカツ定食をご馳走になる。素敵な食事を楽しんだ後、 会館の日系病院で黄熱病の予防接種について情報を得るため、日本語の話せる先生を待つ。先生は小一時間程して現れた。ゴツイ頼りがいのありそうな人だ。開口一番「なぜ鉄分の接種が必要なのか」聞かれた。俺の「イエローフィーバー」は「hierro=鉄」と勘違いされたようだ。とにかく黄熱病の予防接種が必要なことを伝え、注射器を2ペソで譲ってもらう。
予防接種は世界中何処でも公認の医療機関で接種する必要があり、ブエノスアイレスでは空港と港の病院で接種可能とのこと。しかし空港は名前だけで形骸化しており、来週月曜日にパスポートを持って、港の病院へ行くよう指示された。
準備OK!今日も順調だ。しかし、白昼堂々、注射器を握り締めて街中を歩けば、即「ヤバイ東洋人No.1」にノミネート確実なので、コルセットに巻き込み、タバコを買ったついでに貰った手提げ袋に入れ持ち歩くことにした。今ほど警官と目を合わせたくないときは無い。このまま日本旅館に帰るのも退屈なので、恒例の「ミステリーバスツアー」をやることにした。これは適当なバスに飛び乗り市内観光を楽しむが、何処へ行くのかは運ちゃん次第というもの。これは得てしてうまく行ったためしがないのだが、非常にスリリングで且、街の土地感を養うにはもってこいの企画なのだ。
20番のバスに飛び乗り金を払う。80センターボ払うが運ちゃんが俺にしきりと何かを言っているが通じない。運ちゃんは諦めて俺にチケットをくれた。良く分からんがグラシャス。バスは埠頭近辺を走り、軽快に街を走る。車窓はやがてスラムちっくになり、ここでバスを降りるのはデンジャーと判断。もうしばらく乗りつづけることにする。小一時間も乗ったが全然セントロに向かう気配が無い。まあ、どうせそのうち街中へ戻るだろうと多寡をくくっていたがバスはやがて幹線道路へ乗り、夕日に向かって爆走!
乗客もどんどん減り、やがて俺一人になった。脊髄のあたりからアドレナリンが流れ始める。そろそろヤバイかも。しかしバスを降りたところでタクシーも見当たらず、バスを降りるかどうか躊躇している刹那、車窓に目をやると、なんと一面の大草原!
デンジャー!
脳内に警報が鳴り響く。幹線道路はT字路に差し掛かり、振り返ると道路標示発見。
「ブエノスアイレス24キロ」
ヒャ〜、マズイ!市内観光どころか、ここはブエノスアイレスじゃねー!大きな大学のような建物の前でバスを飛び降りる。幹線道路の反対側にあるバス停にダッシュ!バスを待つ女の子にブエノスアイレスのセントロに行きたいことを何とか伝えると、288のバスに乗れという。
一時間以上待つが、バスが来ない。夕日が沈み始め、夕日の方向からやってくる、バスのナンバーが読み取れない。脳内にアドレナリンが脈に合わせてブシュッと噴出す。もうこれ以上は限界だ。プラザイタリア行きという188のバスに乗り込みとにかく街に近づくことにする。確かプラザイタリアというところが、YHの近くにあったはず。タクシーが走っているような所まで行けば金もあるし帰れるはず。朝見ていた地図に書き込まれた地名を 必至に思い出しながらバスに乗る。
徐々に街明かりが見え始め たところで、安心したのか睡魔が俺を襲う!寝ちゃ駄目だノ リ!ここで寝てしまっては再び且確実に遭難する。夜の闇で身包み剥がされ「おバカな日本人、ブエノスアイレス郊外にて全裸で発見。注射器を所持しており、薬物中毒の可能性。日本大使館が現在身元照会中。」なんてニュースが太平洋を渡り、ブエノスアイレスどころか、日本にすら帰れなくなってしまう!だから寝ちゃ駄目だ〜!睡魔と闘いながら一時間、見覚えのある街角に到着。既に10時を過ぎたフロリダ通りで一人生還した感動に浸りながら一服。感動も収まると目が痛いことに気づく。排ガスだらけの夜道を走るバスから通りを凝視していたツケか、ポロっとコンタクトが外れてしまった。視力を失い、必至に街を見渡そうとすれば必然、極悪の形相になってしまう。再び手提げ袋の注射器が脳裏をかすめる。コンタクトを探し、土産物屋のオヤジに目とコンタクトを指差し、鏡を貸してくれとお願いする。オヤジはすぐに俺の意思を理解し、店の奥に連れて行ってくれた。店の鏡でコンタクトを装着。お礼を言って店を後にする。
アルゼンチン人は冷たいと多くの人が言うが、俺はこうして人の親切に頼りながら旅をしているのだ。今日も生き延びた!
そして「ミステリーバスツアー」はしばらく自粛の方向で・・・。
- 23 / Dec / 2004 Buenos Aires, Argentina.
肉、肉、肉
昨日の大冒険に懲りて、寝起き3秒で本日はのんびり過ごす事に決定。
昼飯を食いに韓国人街へ赴くが、昼なのに営業していない。昼飯をやらないレストランなんてこの世に必要ないぞ。仕方が無いのでバス停近くのアサード屋へ行く。
身振り手振り、ドス・アサード・ノエンサラダ・コーラ・ポルファボルと適当に単語を羅列して、アサード2枚・コーラの昼飯にありついた。食いたいものだけ希望どおりに注文できたのに感動した。本場のアサード初体験。旨い!メシを食った後、管理人のマサさんが明日のアサードパーティの食材を調達に行くと言うので付き合うことに。
COTOという大型チェーン店にマコト君を含め三人で出発。クリスマスを前に肉屋は大繁盛。カウンターの裏はまるで工場のようにひたすらアサード用の肉を切っている。韓国人らしきカップルがなんと30キロもの肉を買っていた。俺たちは肉10キロと野菜等を買い込んでレジへ。全部で70ペソ程。2100円だ。安い、安すぎるぞ。
アサードを食い、アサード用の肉を買い込み、宿に戻るとマコト君がワインをくれた。正直ワインの味など俺には分からないが、コップ2杯でいい感じだ。本能の赴くまま、眠くなったので寝ることに。
8時頃マコト君が焼肉食いに行きましょうと起こしに来たので、寝ぼけたまま再び韓国人街へ。ビールを飲むうち目がさめてきた。腹が張り裂けそうなほど食って日本旅館のテラスでまったり過ごす。こんなのんびりしたのは久しぶり。
まあ、バイクが到着するまではのんびりしてもバチは当たらないだろう。
- 24 / Dec / 2004 Buenos Aires, Argentina.
昼過ぎに管理人ヒロさんに火起こしを手伝ってくれと言われる。
まあ、暇なのでいいが。適当に火を起こす。
何処に行っても、俺はこんな役回りが多い。何故か肉を焼く手伝いまでしている。
すっかりヒロさんのアシスタントとなってしまった。
俺も肉が焼けるまで麻雀やらせろ!全ての肉を焼き終わり漸くパーティの始まり。テメーら心して食えよ。俺が焼いたんだからな。ヒロさんじゃねーぞ、この肉は俺が焼いたんだ!繰り返すが、まあ暇なのだから構わないのだが・・・。
12時前からあちこちの家の屋上から花火が上がりはじめる。12時がピークで町中、ドンパチ激しく花火が上がる。中々壮観。でも寒いのと、肉焼番をしていた俺の眼は煙で限界。片付けまで仕切ってしまうと面倒なので、さっさと寝ることにする。
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