テーマの理解に役立つ単語帳作成法   


通訳業務では分野毎に専門用語がつきものです。しかも、通訳作業の中でそれらを的確に使うには、業務に関わるテーマについて最低限の理解が必要です。そこで、単語帳を作成・編集しながらテーマの理解を深める、というアプローチをご紹介します。

まず、参考書や百科事典の関係項目などを読んで、テーマに関する基本的理解を試みます。初めて経験するテーマについて、全体の構図を得るとともに基本用語を入手するには、 Encyclopaedia Universalis とか Le Monde の解説記事などがお勧めです。ここでは「地球温暖化」を例に取り、「環境」に関する単語帳をまだ一度も作っていないと仮定して、Le Monde の記事三本 (2007.01.30) を使ってみます (LM記事)。

記事を読みながら気になる用語・表現を拾い出し (出現順)、取り敢えずアルファベット順に並べます (アルファベット順)。ここまでは自然の成り行きです。しかし全てをアルファベット順に並べてしまうと、どの語が重要でどの語が二義的なものか分らないし、何より、全体の構図における各用語の位置付けが見えない。テーマの理解という観点から用語を整理するには、適していません。そこで...


単語帳を構造化する

1)意味上の包含関係、関連性の特に強い用語、参考書から読み取った理論上の関係、等々が見て取れるようなレイアウトを工夫し、用語を並べ替えます (構造化.Ver0)。
 肝腎なのはここから先の作業であって、全体の構図という観点から見て欠けている用語を補う、用語に注釈を付ける、辞書の語義や参考書の説明ではっきりしない場合は、ネット検索して情報を補足する、等々の加工を施します (構造化.Ver1)。
 この時、Ver0 が既に構造化されて単純なアルファベット順ではなくなっているので、用語追加の際はどこにどう挿入すべきか考えねばならない。ある用語について日仏対応の修正が生ずれば、他の用語についても見直す必要があるかも知れない。手直ししている内にテーマに対する把握の仕方が進化して、様々な用語の重要度や位置付けが変って見えてくるかも知れない。その場合は、新たな見方を反映した形に組み換える。このような形で何度かバージョンを重ねる内に、テーマに関する理解が深まります。

2)構造化した形で用語を整理しておくと、数カ月後、数年後に再び同じテーマや関連分野の仕事が来た時に、イチから参考書等を調べ直さずに済みます。構造化はそのための手段でもあり、用語に注釈が加えてあれば、記憶の回復も一層容易になります。

3)構造化した単語帳を関連分野の仕事のたびに更新していけば、経験の蓄積を図る強力なツールとなります。
 仕事の場でその道のプロに教わったこと、補足的な勉強によって得た知識などを、既にある単語帳に盛り込んでいきます。その際には当然、Ver0 を手直しした時と同じプロセスを経ることになるし、一部を抜き出して更に専門化した単語帳を作成することもあるでしょう。こうしたことを繰り返して何年か経つと、辞書などでは得られない知識の詰まった、貴重なデータベースとなります。


今まで様々な分野について、単語帳の新規作成・加筆修正を行いましたが、その度に頭の中が整理されて行くのを実感しました。
 そもそも一つの言語の中で、様々な単語は全体として意味やニュアンスの網の目を成しており、一つ一つの語の意味やニュアンスは、意味上の包含関係、類語、反意語等の形でお互いにせめぎ合っていると言っても良い。特に一連の類語の中で、仮にある語が無かったとすれば、その語の中身は全て他のどれかの語に担われているであろう... というのは、ソシュールの Cours de linguistique généale をちょっと覗いた受け売りです。どの分野でも専門用語は明確に定義されているわけですが、それでも外国語の用語についてその意味をきちんと把握するには、その分野で使われる用語同士の様々な関係を探ることが、非常に効果的であるに違いありません。


追伸
その一。同じテーマの単語帳をこの手法で作成しても、人によって利用した参考書や現場経験が異るわけですから、構造化の結果は正に十人十色でしょう。

その二。構造化した単語帳は、現場に持って行って通訳中に覗くには必ずしも適していません。私も、「構造化する以上は全部頭に入れていくのだ」などと豪語しながら、クライアントの目の前で単語帳を繰る羽目になり、しかも入れた筈の用語が見付からないという恥かしい思いをしたことがあります。

その三。サンプルとして提供した単語帳の訳語は、温暖化という文脈におけるものであり、例えば "atmosphère" が溶接や冶金などの文脈では「雰囲気」と訳される、などのことは当然あります。

その四。単語帳を作るのに、Excel 等のアルファベット順に並べ替える機能を使う、という話をよく聞きます。以上にご紹介した手法は、テーマに関する理解を深めることを目的としており、並べ替え機能を使うより当然時間が掛かります。しかし、漢字や単語を覚えるには手で何度も書くのが一番確実と昔から言われているくらいで、構造化のために余分に時間が掛かれば、脳への定着度もその分だけ良いだろうと考えています。

その五。単語帳のサンプルは PDF 形式になっていますが、元のファイルは Mariner Write を使用しました。某社のワープロソフトのように余計な設定を押し付けたりせず、ストレス無しに作業できます。但し Mac 専用な上、OS の進化に合わせて開発を続けるのを止めてしまいました。現在販売されている Mac の OS ではもう動きません。

注:以上についてのお問い合せには、私自身の関心と時間的余裕に応じて対応させて頂きますので、予めご諒承下さい。