日本語力を上げるには?                


と通訳養成コースの生徒さんに詰め寄られました。そんな大問題に私如きが答えられるとは毛頭思っておりませんが、幸いここに丸谷才一の

『文章読本』(中央公論社の単行本、中公文庫の文庫版)

があって、文章上達の秘訣はただ一つ、名文を読めと書いてある。

日本語力の向上と文章上達とはちょ〜っと違うんじゃないの? と言われそうですが、日本語力も取り敢えず上質の日本語に親しむ以外に手は無いわけで、道は同じです。この本にも様々な作家の抜粋が引用してありますが、虎の威を借る狐の小林が、読んで為になったと思う本を幾つかご紹介します。

但し丸谷才一も言っている通り、名文とは美辞麗句を並べた世に評判の高い文章のことではありません。素晴しいと感ずる文章は人によって違うのであって、幾ら有名な文章でも、自分の胸に響いてこなければ直ちに却下すべし。『文章読本』に引用されたものや以下に挙げた本がどれもお気に召さなくても、心配することはありません。

阿川弘之『志賀直哉』上下 (岩波書店・単行本、新潮文庫)
 私はこの伝記で、文章というものに開眼したような記憶がある。折目正しい文章の中で、少し古風なくらいの単語が互いに良く馴染んでいて、由緒正しい日本語とはこういうものなのだとつくづく感じさせられた。

娯楽ものでも、日本語の涵養はできます:

藤沢周平『用心棒日月抄』四巻 (新潮社・単行本、新潮文庫)。
 お家騒動のあおりを食らって浪人中の剣の達人が、止むなく続ける用心棒稼業。それが、渋いというより地味過ぎる程の文章で綴られる。一巻目の最後で斬り合ったくの一との不思議な関係の行く末は... てな具合で、二巻目以降は「用心棒日月抄」が副題になっているので買い忘れにご用心。

平岩弓枝『御宿かわせみ』シリーズ (文春文庫、iPad版あり)
 江戸の捕物帳でテレビドラマにもなった。『新・御宿かわせみ』シリーズと合わせて文庫本40冊、一時間もあれば読める一話完結の短編ばかりが、一冊平均6話入っています。いつもなかなか凝った筋が用意してあって、著者の想像力の豊かさには脱帽です。傑作選4冊で香りを嗅ぐだけにするのも一つの手ですが、余りお勧めできません。どうせ全部読みたくなるんですから...

:丸谷才一は小説・評論を全て旧仮名遣いで書いています。最初は戸惑うかも知れませんが、数ページ読めばすぐに慣れて、この方が気持いいと思うようになります。何故と申すに、例えば動詞「思う」を活用すると現代語表記では、
   未然形:思わ(ない)
   連用形:思い(ます)
   終止形:思う
   連体形:思う(とき)
   仮定形:思え(ば)
   命令形:思え
となり、ワ行とア行が混在している。これが旧仮名遣いでは、
   思は(ない)
   思ひ(ます)
   思ふ
   思ふ(とき)
   思へ(ば)
   思へ
となって、綺麗にハ行で活用される。このように日本語の動詞活用は、本来非常に論理的にできているのです(文語文では仮定形の代りに已然形)。