過去・現在・未来を駆ける幻想小説 Djinn                                                        


文法を一通り学習し終った人が、特に動詞の時制や法について復習するのにぴったりの短編小説です (Alain Robbe-Grillet, Les Editions de minuit, 1981)。
 全8章に Prologue, Epilogue 付きで、第一章では直接法現在のみ、第二章では過去形が入ってくる... という具合に章を追って文法的に難しくなっていく。そういう制約を自ら課しているにも拘わらず、非常に魅力的な小説に仕上っています。出たのは35年も前ですが現在も販売中で、fnac.com に再録されている Le Monde 紙の書評から抜粋すると、
une merveilleuse “histoire à dormir debout”, aussi étrange qu’un conte d’Hoffmann, aussi souriante qu’une rêverie de Lewis Caroll, aussi rebondissante qu’une aventure de James Bond...

パリのアメリカン・スクールで仏語教師をしている若者が、ちょっとしたアルバイトの積りで求人広告に応じる。指定された場所に来てみると、微かに訛りの残るアメリカ娘が待ち構えていて、「自分は秘密組織の一員だ、ここまで来たからには私の言うことに黙って従え」と言い渡す。それ以後、若者は彼女にいいように振り回されるが、それが心の底ではただただ嬉しい... 

というのも、アメリカ人は仏語の母音を二重母音化する傾向があり、私には耳障りで聞いていられませんが、フランス人の好みには合うらしい。特にそのアメリカ訛りが綺麗な娘の口から出るとなると、若い男性には堪らなく魅力的に聞こえるらしい。簡単にダマ... 失礼、納得させられると思うのでしょうか。その辺の事情を垣間見せてくれるのが、ゴダールの『勝手にしやがれ』に出てくるジーン・セバーグで... 

それはともかく、極く単純な出だしから始って、次第に過去・現在・未来が錯綜していく幻想的ストーリーです。あちこちで常識を裏切るような展開があるので、時制等の文法知識が確かでないと混乱する。場面のもっとらしさ、話の運びの論理性などをてこにセンテンスの意味を推測していると、筋が分らなくなる。と言うより、遊びも入っているようですから、余り理詰めで考えようとすると迷路に陥るかも... だからこそ、時制や法について復習するのに良いというわけです。

ご参考までに申しますと、Prologue は上に述べたような文法的考慮無しに書かれていて、本文より僅かに難しい。特に infixe inchoatif などという、私も知らなかった、そして読み終わる頃には忘れてしまった単語が出てきます。Prologue を読んだ上で本文に入った方が謎が深まって面白いのですが、とっつきが悪いことも確かです。余り引っ掛かるような場合は、いきなり本文から読み始めることをお勧めします。それでもストーリーは充分追えます。 Bon courage!