ネコのままで
「う〜・・・」
ん?ここどこだ?俺なにしてたんだっけ・・・?
なんだか頭はすっきりしない。横たわってるのはわかるんだけど・・・。
う〜、なんか頭がズキズキするなあ・・・。
意識がゆっくりと戻り、おぼろげながら周辺の輪郭がはっきりしてきた。
いつもくつろいでいる居間。だけど、雰囲気が微妙に違う?
ふすまは蹴破られ、障子もぼろぼろ。壁にはひっかきキズのようなものがたくさんあり、
柱もかつお節のように削られた跡がある。まさか・・・。
「あら?らんま。やっと正気に戻ったの?」
すぐそばで許嫁のあかねが声をかけてきた。にしても声が近いなあ。
ん?真上から?
わ!あかねの膝枕で寝てるじゃねーか!
すぐに返事をして離れようとしたが、声がかすれて出てこない。
あれ?なんで?体もなんか動きにくくて、起きあがれねーぞ?
「まだ猫のまんまなんじゃないの〜?あんなにたくさんのマタタビを吸っちゃったんだから、
酔っぱらってるのよ。きっと。」
と、何も返事しない俺を見て、関心なさげに雑誌を見ながらいい放つなびき。
違う!声が出にくいだけで、意識は戻ってるぜ!
でもなんで声が出にくいんだ?
「どうせ、マタタビにシビレ薬でも入ってたんじゃないの?
もう、はっきりしないからこんな目にあうのよ!」
「シャンプーを猫にしたのはあかねでしょ。シャンプーやうっちゃん、
小太刀のおいしい料理を食べさせてもらえるなんて、あいかわらずモテモテよね乱馬
くん。」
「・・・どうせ、私の作った物なんておいしくないわよ・・・。」
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暑さも過ぎて、風もここちよくなった10月のおだやかな日曜日。
そんな午後のひとときにTVをぼーっと見ていた乱馬はバタバタと近付いてくる足音を聞いた。
・・・ゾクッ!
・・・なんだ?背筋が凍り付きそうになった気が・・・?
「乱馬ー!できた!今度こそおいしく作れたわ!!」
勢いよくカップケーキ(とおぼしき物)をいっぱい抱えたあかねが居間へと飛び込んできた。
原因はこれか・・・。
将棋をしていた親父やおじさんはもう姿を消している。
なんだよ!こんな時だけすばやいんだからよー!
しかしあかねはその場にいる乱馬にカップケーキ(とおぼしき物)をすすめてくる。 や、やばい・・・。
「い、今はいらない・・・。昼飯食ったばかりだし・・・。」
「1つくらい大丈夫じゃない!さっ、自信作なんだから食べてみてよ!」
「だからっ、食欲ねーんだよっ!」
じょーだんじゃねーぞ!
食べたら最後、腹痛で倒れるのは目に見えている。
そう毎回倒れる俺の身にもなりやがれっ!
「あっ!どこに行くのよ!」
さっと立ち上がり縁側から外へと逃げようとした。
とにかく、この場から離れよう!そう思い、庭に出たところで、
・・・ゾクッ!
・・・。また嫌な予感が・・・。
「乱馬ー!」
「乱ちゃーん!」
「乱馬さま!」
3人娘が我れ先にと庭へ飛び込んできた。
「乱馬!秋の新メニュー点心セットある!乱馬のためにおいしく作ってきたから食べるよろし!」
後ろから抱きつき乱馬の目の前においしそうな点心セットを差し出すシャンプー。
「こら!うちの許嫁になれなれしくするんやない!
乱ちゃん、そんな中華よりうちの作ったお好み焼きの方が口にあうで!」
「ほーっほっほっほっ!乱馬さまにはわたくしのスペシャルフランス料理がお似合いですわ!
さっ、乱馬さま召し上がって下さいませ!」
・・・こいつらは召集をかけたわけでもないのに、一人がやって来ると、
すぐに集合してお互いに対抗しようとする。よりによって、あかねのお菓子を断った時に・・・
あぁ、やっぱりすごいオーラを出して怒ってる・・・。
「おいっ、お前ら!勝手に庭先で暴れるんじゃねえ!」
「乱馬、遠慮することない!早くこの点心食べるよろし!」
「シャンプー、抜け駆けは許さへんで!うちのお好み焼きがええよな、乱ちゃん!」 争いながらも3人娘は乱馬に食べさせるのは自分と迫ってくる。
「・・・っっ!もーーーっ!人んちの庭先でイチャイチャするのやめてよね!!」
「バカ!見てわかんねえのか!こいつらが勝手に・・・」
と乱馬は慌てているが、あかねの目には3人娘に囲まれてデレデレしているようにしか見えない。
「乱馬のバカーーー!」
バシャーン!
「つ、つめてーーー!」
勢いよくかけられたバケツの水で、変身したらんまのそばには・・・
「ニ〜、ゴロゴロ。」
「ひっ!ね、ね、ね、ねこ〜〜〜〜〜!!!」
背中にひしっ!としがみつくシャンプーにおののき、らんまはそこらじゅうを逃げまわる。
「あっ、ちょっと乱ちゃん、待ち!」
「むっ!おさげの女!乱馬さまをどこに隠したのです!?」
逃げまどうらんまを止めようとヘラを投げ飛ばす右京と、らんまを捕らえようとする小太刀のリボンが次々と襲ってくる。
無意識にそれらをよけながらも背中から聞こえてくる甘い鳴き声が、らんまを恐怖へと突き落としてゆく。
「ニャア〜ン、ゴロゴロ。」
「ひ、ひ、ひ、は、離れてくれ〜!ねこいやだ〜〜〜!!」
この時、一瞬のスキが小太刀のリボンに捕まってしまった。
体に巻き付いたリボンのおかげでらんまの動きをやっと止めることができたのだが・・・
「ニャー、ゴロゴロ、ニャ〜ン。」
「ギャアアアアアアアア!!!」
らんまはシャンプー猫と一緒にリボンで巻かれ、更に密着してしまった。
血の気が引き、恐怖が一気にピークに達してしまった。
「ニャ〜ゴ」
「え?らんま?まさか・・・」
あかねが異変に気付き、そばに駆け寄ろうとすると・・・
「ニャニャニャニャニャーーー!!」
体に巻き付いているリボンを粉々に引き裂き、シャンプー猫から、すばやく離れると屋根の上へと逃げてしまった。
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「まったく、あんたがさっさと乱馬くんを止めないから、ここまでヒドくなったんじゃないの。」
「あの3人が邪魔するんだもん!自分達が止めるんだって張り切るから・・・」
右京も許嫁の一人。自分が止めるとばかりにらんまを追いかけるが、すばやい動きで一向に捕まらない。
庭では木が次々と削られ、居間に入ればことごとく荒らされる。
シャンプーも追いかけるが猫になったらんまの動きにはついていけない。
おさげの女を憎む小太刀は大量のマタタビをらんまに投げ与え、酔っぱらった所を押さえ付けようとした。
案の定シビレ薬も入っていたのか、らんまの動きがぎこちなくなる。
だがふらふらになりながらも、あかねのもとへ逃げゴロゴロのどを鳴らすのを見て、 「今回は仕方ない」とばかりに3人娘は引き上げていったのだ。
「帰ってきたら、家の中はこの状態なんだもの。
乱馬くんの意識が戻ったら修理代のためにらんまちゃんの写真でもしっかり撮らせてもらうわよ。」
軽くアクビをしながら恐ろしい事をさらりと言う。
ゆっくり立ち上がり、雑誌を片手に自分の部屋へと2階に上がっていった。
「・・・お腹いっぱいだったんなら、みんなにもハッキリと断ればいいのに。
いつもまでたっても優柔不断なんだから!バカ!」
自分の膝で横たわるらんまの頭をペシッ!と殴り、今だ怒り覚めやらぬあかね。
すぐにでも起き上がりたいが、小太刀のしびれ薬入りのマタタビが体の自由を奪っている。
くそ〜、身動き取れたら言い返してやるのに!あかねのやろ〜!
もとはと言えば、おめーのかわいくねーヤキモチが原因でこうなったんじゃねーか!
しゃべれないので、頭の中であかねの悪口を言っている。
ゴンッ
「うげっ」
あかねがいきなり立ち上がったので、膝枕をされていたらんまは畳に頭を打ち付けた。
「ん?らんま、もう戻った?」
覗き込んでみたが、らんまはまだ手を丸めてうずくまっている。
「ちょっと、待ってて。」
そのまま、廊下へ出て行ってしまった。
は〜っ、手さえもシビれて広げられねーなー。
もう外は真っ暗になっていた。あれから数時間は経ったようだ。
薄暗くなっている庭にはたくさんのマタタビも落ちている。
・・・あれだけたくさんのマタタビにシビレ薬を仕込まれたら、当分動けねーかもなー。
それでも、なんとか体の向きを横に変えてみる事はできた。
う〜、力が入らね〜・・・。もう少し休めば動けるかな・・・。
ドボボボボボッ!
「アチャチャチャチャッ!!」
「ほら、男に戻してあげたわよ。どう?こっちの方が力入るんじゃない?」
いきなりの熱湯で変身したものの、すぐに動けるわけがない。
このアマ〜、もう少しぬるめのお湯にしてくるっていう配慮がねーのか!!
まだ起き上がらず、うつろな目をしている乱馬を見て、あかねはまたそばに座り直した。
フワッ。
ヘ?
頭を優しく触れられたと思ったら、あかねの膝の上にのせられていた。
また膝枕をされて、わけのわからない乱馬はアセってしまう。
そんな乱馬をよそに、はあ〜、とあかねはため息をついて乱馬の頭に手を添えた。
「やっぱり、まだ猫のままなのね。しょーがないなー。」
口ではブツブツ言いながらも、優しくゆっくりとなでていく。
こいつ、意識が戻ってる事にまだ気付いてなかったのか。鈍感なやつ。
・・・ それにしてもあかねに頭をなでられるなんて、なんかくすぐってーぞ・・・。
まるで飼い猫をあやすように、優しく柔らかくなでられている。
さっきまでの怒りが少しずつ溶けていくようだ・・・。
触れるあかねの指先が、なんだか乱馬を安心させているように思われた。
「ほら、いい子だから早く元に戻りなさいね。もう周りに恐い猫なんていないんだから。」
横向きになっている乱馬は、そっと顔を傾けてあかねの方を見てみた。
ドキッ・・・。
普段なら自分にはめったに見せないような優しい表情で、乱馬を包み込んでくれている。
胸の奥で、鼓動が早く鳴るのを感じられた。
猫になると、いつもこんな風に介抱してくれてんのかな?
いつもは拳で乱馬を殴りとばしたりしているあかねだが、この時は乱馬をいたわるように甘えさせてくれている。
頭から背中にかけてゆっくりと動くあかねの優しい手が、猫に怖がっていた先程までの恐怖を薄れさせてくれるようだ。
触れられているところが、なんだか温かくなってくるように感じられた。
・・・なんか、気持ちいいかも・・・。
まだあかね気付いてねーみたいだし、もう少しこのままでもいいかな・・・。
あかねの膝枕が心地よくて、普段なら絶対にできないこの体制をもう少し味わってみたい気がしてきた乱馬は、
おとなしくされるがままになっていた。
良牙のヤローはいつもあかねにこんな風にされてたのか。
なんかムカつくな〜。その上、一緒に寝てるんだろ?
あのブタ、正体がバレてねえのをいい事に思い切り甘えやがって!
・・・ん?今のおれも猫のままだと思われてるんだよな・・・。
良牙と似たよーなもんじゃねーか。・・・って、違うっ!
今の俺は動けなくて話せないから仕方ねえんだ!
そうだよ、あかねが勝手に勘違いしてるだけだから、俺は何もズルくねーぞっ!
誰に言うわけでもなく、言い訳をしながら今の状況を不可抗力だと思い込む。
このまま甘えていても俺のせいじゃねーよな・・・。
あかねの膝枕が気持ちよくて、ぼーっとしたまま身体の力を抜いていった。
あ、手のシビレが少しマシになってきたかな?
両手を目の前に持ってきて、こわごわと開こうとしてみる。
うん、動けそうかも。
「ん?どうしたの?手で顔でも洗いたいの?」
そっと俺の手に触れると自分の方に引き寄せた。そのまま体の向きも変わり仰向けの状態になる。
わわっ、あかねの顔がすぐそばじゃねーか!
引き寄せた両手はまだしっかりとは開かない。少しシビレているままかも。
あかねの小さな手では俺の両手は包みこめないようだ。
ちょっと考えて、あかねは左手の方を置き、右手から両手で包み込み温めようとしている。
「・・・寒いのかな?大丈夫?もしかしてまだ怖がっているの?」
優しく両手でさすってくれている・・・。
・・・だめだ。
そんな風に優しくするな。
止められなくなったら、どうするんだよ・・・。
気が付くとその右手は、あかねの左頬に添えられていた。
ぱっちりと開いた目で俺を見つめているあかね。驚いているようにも見える。
柔らかいあかねの頬を右手で優しく触れて、静かにあかねを見上げる。
「・・・乱馬?」
あ、気付いたかも・・・。でも構わない。
そのまま右手をあかねの頭の後ろにずらして俺の方に引き寄せていった・・・。
・・・・ドタタタタタタタタタタ!
「プギーーーーーーーーーーーー!!!」
バキ、ドカ、ゴス!!!
どこからともなく飛び込んできた黒い物体が俺とあかねの間を割って入り、俺に攻撃してきた。
「・・・っ!おい!P助!!てめえ、いきなり間に入ってくるんじゃねえ!!」
ガバッ!と起き上がるとフラつきながらも、なんとかPちゃんを捕まえて、ゲンコツをグリグリとこすりつける。
「人がせっかく休んでる所を・・・!このお邪魔ブタが〜〜〜!!」
「ピギーーーーーーーー!!」
バッ!
苦しがるPちゃんを横からさっと、あかねが奪った。
「えっ?あ、あの、あかね?」
Pちゃんを胸に抱き、よしよしとなでてやると、ふっ、とため息をつく。
「・・・乱馬。あんた、いつから正気に戻ってたの?」
「へっ?い、いや、あの・・・」
「何も言わずに、猫のフリしたままいるなんて・・・、
最っ低っっっっっーーーー!!!」
ドッカーーーーン!!
「ちっ、違う!何も言わなかったんじゃなくて、言える状態じゃなかったんだあぁー!!」
屋根を突き破り飛んで行った乱馬の叫びもむなしく、あかねの腕の中ではゴロゴロと甘えるPちゃんがいた。
翌日、やっとシビレも取れてフラつきながら戻ってきた乱馬を、
カメラとバケツの水を用意していたなびきが捕まえ、修理代以上の撮影に臨んだのであった。
end
Author こけもも |