(はじめに)

 このお話は、一部シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』『じゃじゃうまならし』の台詞を引用しております。
それらのあらすじや台詞などをご存知なくても楽しめるように書きましたが、
そちらをまずお読みいただきますと、より深く感情移入できるのではないかと思います。

『ロミオとジュリエット』超簡単あらすじ
 場所はイタリア、ヴェローナ。名門モンタギュー家に生まれたロミオ、そして同じく名門キャプレット家に生まれたジュリエット。
たった一度出会っただけで、恋に落ち、結婚の約束までする二人。しかし、両家は死人まで出すような犬猿の仲。
修道僧ローレンスのとりなしで内密に結婚式を挙げたものの、
友人マーキューショーをキャプレット夫人の甥であるティボルトに殺されたロミオは、その仇としてティボルトを殺害してしまう。
 なんとか死罪だけは免れたロミオであったが、ヴェローナを追放され、ジュリエットとは離れ離れに。
そしてジュリエットの前に、親が決めた結婚相手パリスが現れる。しかし既にロミオと愛の契りを結んでいた彼女は、重婚の罪の前に死すら覚悟する。
 ローレンスは、薬によってジュリエットを仮死状態にすることにより周囲を欺き、二人をマンチェアへと脱出させようと画策する。
しかし、その計画はロミオに伝わらず、彼もまた彼女が死んだと思い込む。
偶然彼女の墓前で出くわしたパリスを決闘の末討ち果たし、仮死状態の彼女の目の前で、ロミオは毒をあおって死ぬ。
その後目を覚ました彼女もまた、彼の後を追って剣で胸を突き、死ぬ。
 二人の死によって、モンテギュー家とキャプレット家は和解し、二人の銅像を建立することを誓う。

  『引用個所』
 二人が出会った晩餐会の後のシーン『第二幕第二場』の会話を一部使用しております。


JULIET    "O Romeo,Romeo!wherefore art thou Romeo?"
ジュリエット (おお、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの?)

ROMEO    "I take thee at thy word:Call me but love,and I'll be new baptized;
       Henceforth I never will be Romeo."
ロミオ   (お言葉どおりにいただきましょう。ただ一言呼びかけてください、愛しい人と。
      それだけで、わたしは新たな洗礼を受けることになる。これからのわたしはロミオではない。)

などのラブラブな台詞がてんこもりです。
さらに、二人が死を迎えるにあたっての台詞も使わせていただきました(『第五幕第三場』参照)。

『じゃじゃうまならし』超簡単あらすじ
 口は悪い、気は強い、おまけに暴力的な姉カタリーナと、おしとやかで美人の妹ビアンカ姉妹。
嫁の貰い手のない姉を心配した父バプティスタは、姉が結婚するまでビアンカは結婚させないと言い張る。
というより、ビアンカが欲しかったら、カタリーナをなんとかしろとビアンカの求婚者に迫る。
そこでビアンカに恋したルーセンショーは、友人ペトルーチオーにカタリーナを口説くように頼む。
ペトルーチオーはバプティスタの財産目当てに、いやがるカタリーナを強引に妻にする。
そして猛烈に反発するカタリーナを、彼はありとあらゆる手法を用い、絶対服従を強制する。
諦めたのか、背面服従なのかは定かではないが、最終的に彼女は、ビアンカ達に『夫に尽くす妻の心得』を 指導するまでになる。

『使用個所』
 カタリーナがビアンカ達に『夫に尽くす妻の心得』を指導するシーン(『第五幕第二場』参照)の台詞を 一部引用しております。
本当は全部載せたいのだけど(^^ゞ
是非お読みになることをお勧めします。




英語でバトル




(第一幕)


"Darling,Ranma.Please wake up...Get up please...Get up!"
(ねえ、乱馬。起きて……起きなさいよ……起きろーっ!)

ふにゃっ?!
辺りをきょろきょろ見回すと、あかねが怒った顔して見下ろしている。
ああ、そういや、英語の勉強につきあってもらってたんだっけか。
いかんいかん、いつのまにやら意識を失ってしまったようだぜ。

"Do firmly. Whom do you think I associate for?"
(しっかりしてよ。誰のために付き合ってあげてると思っているの?!)

おぉっ?!あかね、なに言ってるかわかんねーよ。
もうちょっとゆっくり喋ってくれよ……って、
英語でなんて言うんだったっけ?
えーと、えーと……。

「ア、アイキャント、スピーク、イングリッシュ?!」

あり?
あかねが「ちっちっちっ」って人差し指をちらちらさせてやがる。
んなに?

"It is improper if it doesn't learn to speak English...."
(英語が喋れないからうんぬん……とにかく喋れるようにならなきゃだめじゃないの意。)

さっぱりわからん……。
俺が呆然としていると、あかねは両手を広げて首振って、はあ〜ってため息つきやがった。
なんだかわからんが、それすっげーむかつくっ!

「てめー。人が下手に出てりゃあ……。」
"Well.You got the addition of 1 penalty point."
(……はい。1ペナルティ追加ね。)

うげっ!
しまった。
あかねとは英語でしか会話出来ないんだった。

"You have already been thirty-nine penalty-points with this.
Though no more than one day has passed.
When it goes just like this, a duty must clean a gym for about one year as for you."
(これでもう39ペナルティよ。まだ一日も経ってないのに。
このままじゃあ、あんた一年くらい道場の掃除当番やらないとだめね〜。)

あかねは澄ました顔でノートにペナルティポイントを書き加えた……ようだ。
悔しいが、お前のその台詞も理解できん……。
くっそ〜。なんでこんなことになっちまったんだ〜っ!

(回想シーン突入)

「……おとめくん……乱馬君……早乙女乱馬ーっ!起きんかいっっ!!」

おぉっ?!
なんだ、ひなちゃん先生かよ。
今、いい夢見てたんだよ。
も少し寝かせてくれよ……ぐう。

「あほかーっ!」

ちゅどーん。
八宝つり銭返し炸裂。
壁にめり込む俺。
ううっ。もうちょっと手加減しろよな……。
死ぬぞ、普通。

「早乙女君。君はわたしの授業、なんだと思っているのかしら?」
「もちろん、英語の授業です。」

おそろしくさわやかな笑顔で、先生は俺に質問する。

「そうよねー。だったら、どうして寝ているのかしら?」
「健康のためです。」

俺の返答に、先生の頭に怒りマークが出現する。
引きつった笑顔で、先生は質問を続ける。

「そうねえ、健康は大切よねー。でもねえ、今は英語を勉強する時間なのよ〜。寝る時間じゃあないの。おわかり?」
「でも、健康じゃなかったら、せっかくの先生の授業聴いてもわかんねえし。
だから、十分休息を取ってからじっくり勉強しようと思って。」

きらきらと輝く瞳で先生を見つめながら、俺は答える。
先生のこめかみのあたりがぴくぴくしている。
ゆらりと闘気が燃え上がった。

「あなた、そう言って、まじめに授業を受けたことが……あるんかーい!」

いきなり八宝つり銭返し連発!
しかし、その攻撃をあらかじめ予測していた俺は間一髪でかわす。
標的に中らなかった闘気の塊が、教室のそこここに着弾する。
あわれ、教室は廃墟と化すのであった。

ひゅうう〜。
一瞬の静寂。
ひな子先生がふっと遠い目をする。

「早乙女君……あなた、この前のテスト、何点だったかしら?」
「え、と。……覚えてねえ。」
「じゃあ、その前のテストのことも、もちろん覚えてないわけね?」
「うん。」

いつものように笑う俺を、ひな子先生はじっと見ていた。
そして、ふうとため息をつくと、思いがけない言葉を投げかけた。

「早乙女君。あなた、このままだと留年よ。」

ざわざわっ。
教室中が騒然となる。

「留……年?」

留年って……進級できないってことか?
俺が?なんで?

「冗談……なんだろ?」

いつものように、からかわれているのだと思っていた。
だから、俺は笑っていた。……いつものように。
そんな俺を見て、先生は悲しそうにつぶやいた。

「冗談で、こんなこと言えるわけないわ。」

俺を見つめる眼差しが、すべてが真実であることを語っていた。
凍りつく俺に、さびしそうに語りかける。

「遅刻、早退は日常茶飯事。成績は悪い。授業態度は悪い。しかも、まったく反省の色なし。意欲なし。
これじゃあ、どうしようもないもの……。」
「そっ……そんな。」

きーんこーんかーんこーん……。
授業の終わりを告げるベルが鳴る。
先生はくるりと背を向け、教卓へ戻る。

「今日の授業を終わります。お疲れ様でした。」

先生は行ってしまった。
俺は呆然と立ち尽くしていた。

留年……か。
俺だけ、また、同じ学年をやり直す。
ひろしも、だいすけも、うっちゃんも、みんな進級するのに……。
……あかね。
俺、あかねと一緒に……。

「乱馬っ!すぐにひな子先生のところに行って!」

放課後、教室から出ようとして、あかねに呼び止められた。
あかねは走ってきたのか、肩で息をしていた。
理由も明かさず、ひたすらひな子先生に会うように促す。
しまいにゃ、「ひな子先生に会わずに帰ってくるな。」だと。
会いたくねえんだよ……ちくしょう。

「失礼します。二ノ宮先生はいらっしゃいますか。」

めったに来ねえ職員室。
俺はちょっと緊張気味だ。
先生達が、興味深そうに俺を見ている。
へっ。どうせ俺は馬鹿ですよ。進級出来ませんよ。
……じろじろ見てんじゃねえよっ!

「来たわね、早乙女君。ここじゃあなんだから、指導室でお話しましょう。」

にこりと微笑むひな子先生。
しかし、今の俺にはその笑顔すら、嘲りに見えてしまう……。

「早乙女君。突然だけど、わたしと勝負してみない?」

窓の外を眺めていた先生が、ゆっくりと俺を振り返る。
俺はいきなりのことにわけがわからずにいた。

「実はね……。」

俺は英語だけ成績が悪いわけではない。
恥ずかしながら、体育以外はいまいちだ。
しかも、修行に出かけることも多いため、出席日数が不足がちである。
つまり、体育以外はみんなピンチってわけだ。
進級するためには、次のテストは、そのピンチの教科すべてで高成績を上げる必要があるらしい。
ずばり、9割以上正解すること。
そんなの、はっきり言って無理だ。
それでは可哀想だという意見が先生方の間で出て、
ある条件と引き換えに、テストの得点率を6割に下げても良いとのことになったという。
そして、その交換条件というのが……。

「ぜんこうえいごべんろんたいかいぃ〜??!」
「そう。それに出場して、3位以内に入ること。それが条件よ。」

ひな子先生は机の上にポスターを広げた。
『全校英語弁論大会〜青春の主張〜』と書いてある。
英語?エイゴ?えいごって、あの、EIGO?

「こ、これって……。」
「そう。体育館の壇上に立って、全校生徒の前で、青春の熱い思いを語るのよ。もちろん、英語でね(はあと)。」

俺は石化していた。
無理だ……。
俺に英語なんて話せっこねえ。
ひな子先生達、俺をからかってやがんのか?!

「そんなのっ……できるわけねえだろっ!」

机を両手で激しく叩き、俺は先生を睨みつけた。
その視線を受け流すように、彼女は優しく語りかける。

「あなたには、特別ルールとして、原稿を見ながら弁論することを許可するわ。それなら、なんとかなるでしょう?」

……。
それでも、英語は英語じゃねえか。
黙り込む俺に、先生は一転して厳しい言葉を投げかけた。

「あなたには、選ぶ権利なんてないはずよ。テストで9割取るなんて、まず不可能だわ。
でも弁論なら、自分にはっきりとした主張があって、
それを観衆に伝える気合があれば、多少英語力に難があっても、どうにかなるのよ。
……もっとも、留年したいっていうのなら、わたしはぜんぜん構わないけれど。」

主張……気合……。
家路を辿りながら、俺は先生の言葉を繰り返していた。

これは勝負よ、早乙女君。あなたにも、もちろん勝つチャンスはあるわ。

俺にも勝てる可能性がある。
ひな子先生は、たしかにそう言った。
だったら、やってやろうじゃねえか。
俺の根性、見せてやらあ!
俺は走り始めた。

「早乙女君。天道さんに感謝しなさいね。」

そんな俺の後姿を見て、ひな子先生がつぶやいたことを、俺は知らない。

"Hello,Ranma.You have met Ms.Hinako."
(乱馬おかえり。ひな子先生に会ってきたのね。)

は……?
家に帰って、あかねに会ったわけだが、これは?
わけがわからず、ぽかんとする俺。

"You do not stand around.Do a gargle and wash a hand."
(なにぼけっとしてるのよ。ちゃんとうがいと手洗いしなさいよ。)

そう言って、あかねはにこにこしている。
こ、これは……英語じゃねーのか?
話し掛けようとする俺をあかねが遮る。

"Become silent!"(お黙り。)
「早速だけど英語の特訓よ。今から弁論大会が終わるまで、わたしはあんたにずっと英語で話すからね。
あんたもわたしに話し掛けるときは、英語で行うこと。」
"Do you understand?"(いいわね。)
「な、なんじゃそりゃ?!」
「もしも日本語を使ったら、1回ごとに1ペナルティよ。1ペナルティにつき、道場の掃除当番1日やること。」
「ちょ、ちょっと待て!勝手に決めんなっ!」
「Ready,Go!」

……とまあ、こういうわけなんだが……。
しかし、やっぱり英語、いやこの場合英会話か。
難しいぜ、こいつは。
伝えたいことがあっても、どう言えばいいのかわからねえ。
英単語すらろくに思い浮かばねえ。
しかも、ようやく話せたかと思えば、"Pronunciation is improper."(発音が悪い。)って注意される。
もっとも、全然英会話になってねえけど。
一番堪えるのは、あかねが何言ってるのかさっぱりわからねえってことだ……。

"The next is about this grammar. Does it know what I say?"
(次はこの文法についてよ。……わたしの言っていること、わかる?)

やっぱり、だめだ。
わかんねえ……。
俺が首を横に振ると、あかねはノートに今の会話の内容を日本語訳付きで書いてくれる。
どうにか、そうやってコミュニケーションをとってはいるのだが。

「やっぱり、だめかなあ。」

ノートを前に、頭を抱えている俺の様子を見て、はあ、とあかねがため息混じりにつぶやく。
「おっ、あかね。1ペナルティ……。」
と嬉しそうにはしゃぐ俺をちらりと見ると、もひとつため息を漏らす。

もう少し、出来ると思っていたんだけど……。
これじゃあ、ひな子先生が怒るのも無理ないわね。

「あんたに、英語を英語で教えようとしたわたしが馬鹿だったわ。
勉強のときくらいは、日本語で教えてあげるわよ。」

ほ、本当か。
よかったあ〜。
胸を撫で下ろす俺を見て、あかねはやれやれといった感じで首を振る。

「ただし、さっきも説明したとおり、わたしは直接あんたの文章を英訳することはしないわ。
手助けはするけどね。自分自身の力で、やり遂げるのよ。」

そう。
今、俺の手元にあるのは弁論大会で演説する原稿の下書き。
ずばり、『無差別格闘早乙女流・世界一への挑戦』だ。
製作時間1時間ちょっとの……大作だ。
内容は、無差別格闘流の成り立ちから、早乙女流への歴史について。
そして、その継承のため俺がどういう鍛錬をしているか、どのくらい強いのか。
さらに、発展のため、どのような計画を立てているのか……云々である。
我ながら、素晴らしい出来栄えであるが、こいつを英語に訳すのが……。
そこで、あかねに英訳を頼んだのだが、「出来ない。」の一点張り。

「これは、ひな子先生と乱馬の勝負なんでしょう。
わたしが横から口出しするわけにはいかないわ……。」

そう言うあかねの表情は、なんつーか、がっかりしてたというか……。
わかったよ。お前にそんな顔されたら、俺がまいっちまうぜ。
というわけで、自分でやるしかないわけだが……。

"My name is Saotome Ranma.
The successor of the fight without discrimination the way of "Saotome". "

以上進まないんですけど。

"The origin of ..."

「さっきから気になっていたんだけど、あんた"R"の発音下手ねえ。」

あかねは、俺のつぶやく英単語の発音がどうも気に入らないらしい。
ふん。なんだ、その西洋かぶれした発声は。

「しょうがねえだろ。俺、日本人なんだから。」
「そんなこと、いばってどうするのよ。英語で勝負するって決めたんでしょう。
ほら、お手本みせてあげるから、練習しようよ。」
「お手本だぁ。お前が?」
「うるさいわね。あんたよりマシでしょ。いい?口の動きをよく見てるのよ。」

そう言って、あかねは目を閉じて、発音する。

"R"

いわゆる、巻き舌ってやつか。
俺もまねして発音。

「あ〜る」

あかねが、「ちがう」と言ってもう一度発音する。

"R"

小さくて、やわらかそうな唇が上下に開いた。
そして、かわいらしい舌がふと現れたかと思うと、その先端が巻き上がるように反って、口蓋に優しく触れた。
発声が終わると、ゆっくりと口を閉じ、大きな瞳が俺を見つめる……。

「ら…ん…ま…?」

名前を呼ぶその動きに、我に返る。
あかねが不思議そうに俺を見ていた。

「あ〜る」

俺は下手な発音を繰り返し、そのたびにあかねにお手本を頼む。
あかねは、仕方がないと苦笑しながらも、リクエストに応えてくれる。

"R"
「あ〜る」

それが20回を超えたころ、あかねが「またなの?」という感じで俺を軽く睨む。
俺はちょっとすまなさそうに笑って言った。

"I'm sorry."

それを聞いて、あかねが微笑む。

"Good."






(第二幕)


えーと、『戦いに勝つためには、手段を選んではならない。』と、
『冷酷に相手の弱点を狙うべし。勝てば官軍、あんたが大将。』だから……。

"You must not choose a means to win a battle."
"You should attack an enemy's weak point calmly...."

……『勝てば官軍』って、どう訳せばいいんだ?

「乱馬。どう、進んでる?」

あかねが紅茶を持って戻ってきた。

「なんとか半分くらい終わったぜ。」
「じゃあ、ちょっと休憩しようよ。」

俺はあかねの机を借りて勉強している。
自分の部屋は、親父もいるし、辞書の類を調べるにも、あかねの部屋が都合がいいし、
なにより……あかねがいるしな。

「すまねえな、迷惑掛けちまってよ。おまえも宿題とかあるんだろ。」

恐縮する俺を、あかねはいぶかしげに見つめる。

「いいわよ、別に。わたしは居間でも出来るし。
そんなこと心配してないで、自分のことちゃんとしなさいよね。で、どこまで出来たの?」

あかねは俺の原文と英訳文を見比べ始めた。
いわゆる『あかね先生チェック』である。
ちょっとどきどき。

「ど、どうかな。」俺はおずおずと尋ねる。
あかねは少し考えた後、80点くれた。

「ほら、こことここ。スペル間違っているわよ。
それと、これは違う表現方法の方がいいと思うの。
たとえば……。」

あかねと二人、ノートを覗き込む。
いつもより、ずっと近くにあかねの横顔があった。
彼女は文章を見ながら、熱心に説明してくれていた。
俺は、彼女の長い睫の揺れる様子を見つめていた。
あかねが俺に視線に気付いて、「聴いてるの?」とたしなめる。
あわてて視線をノートへと移す。
再び説明を始めるあかねの横顔を、俺はそっと見つめる。
艶やかな黒髪。
ほのかに染まった頬。
愛らしい唇。
あと数センチ動くだけで、触れることが出来る……。
ふいに、あかねが指先で耳元の髪の毛を梳かす。
ふわり。
シャンプーの残り香に、俺は目眩を覚えた。

「きゃ……。ら、乱馬ぁ。」

んん……?
あかねが頬を赤らめ、困ったように俺を見ていた。
いかんいかん、いつのまにやら意識を失ってしまったようだぜ。
って……ぎょえええっっ!

「ちちちちがうんだよ、ここここれは手が勝手に……あの、その……ごめんっ!」

俺はあわてて手をあかねの髪の中から引っこ抜く。
あかねは、俺が触っていたうなじのあたりに手を添えて、恥ずかしそうに俯いている。
てのひらに残る感触。
ふわふわして、さらさらして、すっげー気持ちよかった。

"...You got the addition of 3 penalty points."
「へ?」

ぽかんとする俺をよそに、あかねはノートに3ペナ追加する。
怒ったのかな……。

「勉強中にしたから、3ペナルティ追加。」

……え?
俺はぽかんとあかねを見つめる。
あかねは「しまった」という表情を浮かべ、慌てて視線をそらす。
……。
秒針が時を刻む音だけが、部屋に響いていた。
……あかね。
俺はそっと彼女の肩に触れた。
あかねの肩がびくっと反応する。
あ。嫌な予感が……。

「まっ、まじめにやらないと、勉強みてあげないんだからあっ!」

真っ赤になって、あかねが叫ぶ。

「は、はいっ!まじめにやりますっ!!」

今日はだめみたいです。
……勉強はまじめにやりましょう。






(第三幕)


"O Romeo,Romeo!wherefore art thou Romeo?
Deny thy father and refuse thy name;
Or,if thou wilt not ,be but sworn my love,
And I'll no longer be a Capulet."
(おおロミオ!あなたはどうしてロミオなの?
お父上に背き、お名前をお捨て下さい。
さもなければ、それが出来ぬのならば、せめて愛をお誓いください。
そうしていただけたなら、もはやわたしはキャプレットではなくなるのです。)

"Sha...shall I hear more,or shall I speak at this?"
(このまま聴いているべきか、それとも話し掛けるべきか?)

「ほらあ、乱馬。もっと大きな声で言ってよ。」
「そ、そんなこと言ったってなあ……。」
「発音の練習しているんだから、小さい声じゃあ意味ないでしょ。」
「だったら、別にこんなところでしなくたっていいんじゃねえの。」
「こういうのは、雰囲気が大事なのよ。」

時は夜。
場所は、物干し台。
で、今俺とあかねが演じているのは、ロミオとジュリエット……。

「文章が書けたら、次は英語でのスピーチの練習よね。」
と言って、あかねがシェイクスピアの英語版を持ってきて、
「わたしがジュリエットやるから、乱馬はロミオね。」
と言い出し、なぜかこんなことになっているわけで……。

"How cam'st thou hither,tell me,and wherefore?..."
(どうやってここまでいらっしゃったのです?話して、何のために?……。)

"With love's light wings did I o'erperch these walls,
For stony limits cannot hold love out;
And what love can do,that dares love attempt,
Therefore thy kinsmen are no stop to me."
(愛の軽い翼を借り、これらの壁を越えてまいりました。
石の壁では愛を遮ることは出来ませぬ。
そして愛に為しうることはなんでも、愛は試みます。
あなたのお身内とて、私を阻むことは出来ません。)

「ったく、なんなんだよ、この台詞の長さわっ!べらべらよく喋る野郎だぜ。」

あんまり台詞が長いもので、俺はかなりげんなりしてきた。

「だからって、棒読みしちゃだめじゃない。もっとこう、情熱的に言ってよ。」

あかねはジュリエット役を出来るのが嬉しいのか、情感たっぷりに台詞を言う。
ゆえに、俺が途切れ途切れの棒読みで台詞を言うのが気に食わないようだ。

「んなこと言ったって、意味がわかんねーんだから、気持ちの込めようがねえじゃねえか。」
「あんた、前にロミオ役やったとき、ほんっとに台詞覚えてなかったのね……。」

ぎくり。

「わ、悪かったなっ。だったら、和訳を教えてくれよ。そしたら、情熱的だかなんだか知らねえが、言ってやるよ。」

ちょっと後ろめたい思いがあった。
その罪滅ぼしに、もう少し付き合ってやることにする。

「本当に?嘘つかない?」

あかねが真剣な眼差しで俺を見つめる。
な、なんだよ。そんなにやばい台詞なのか?
俺はごくりと唾を飲み込む。

「やっぱりやめとこ。」

あかねがくすっと笑う。
なんなんだ、いったい。

"I would not for the world they saw thee here."
(わたしは、どんなことがあっても、見つかっては欲しくないのです。)

あかねは俺を瞳をじっと見つめたまま、本番さながらに台詞を言う。
迫真の演技に、俺はちょっとどきどきしてきた。

"I have night's..."

「ねえ、乱馬。」

あかねが俺の台詞を遮る。

「棒読みでもいいわ。そのかわり、台詞を言うとき、ときどき、わたしの目を見てほしいの。」

あかねはちょっと頬を赤らめて、そう言った。
そんなことなら、お安い御用だぜ。
俺は堂々と棒読みする。

"I have night's cloak to hide me from their eyes..."
(夜というマントが私の身を彼らの目から隠してくれる……。)

"Thou knowest the mask of night is on my face,
Else would a maiden blush bepaint my cheek
For that which thou hast heard me speak to-night...."
(ご覧のとおり、夜の仮面がわたしの顔を覆っております。
でなければ、乙女の恥じらいがわたしの頬を赤く染めているでしょう。
だって、お話を聴かれてしまったのですもの……。)

台詞が、自然と熱を帯びる。
なんとなく、台詞の意味がわかったような気がしたから。

"...Too flattering-sweet to be substantial."
(……これが真であれば、あまりにも幸せすぎる。)

月夜に浮かんだ彼女の頬を、ひとすじの涙が伝って落ちた。
涙したのはジュリエットか、それともあかねか……。
俺は月を眺めながら、そればかり考えていた。






(第四幕)


「なんや、乱ちゃん。またあかねと喧嘩でもしたんかいな。」

「……。」
「理由は知らんけど、早う仲直りした方がええんとちゃうか?」

俺が『留年するかもしれない』という事態になってからというもの、
うっちゃんをはじめ、シャンプーや小太刀もちょっかいをかけてこなくなった。
とりあえず、俺が進級できるようになるまで、休戦協定を結んだようだ。

「うちが助けたってもええんやけど、クラスで英語が一番得意なのはあかねやからな。
今回は見逃したるで。」
「中国語ならば、わたしが教えるのだが。」
「手料理ならばわたしの方が上ですのにっ。」

ということらしい。

「気にするな、早乙女乱馬。人には得手不得手というものがあるのだ。
お前よりぼくの方が、頭がいい。ただそれだけのことだ。
はっはっはっ……。」

と言った九能先輩は当然ぶっとばしてやった。
そういうわけで、あかねと一緒にいてもあまり喧嘩になるような原因はなかったのだが……。
喧嘩した。

俺は悪くねえ……。

だから、謝らなかった。
あかねは、喧嘩してから一度も声を掛けてこない。
視線すら合わせなかった。

とにかく、俺は悪くねえ……。

帰り道、俺はその言葉ばかりつぶやいていた。

「あかね。入るぞ。」

俺はあかねの部屋を訪ねた。

「なんか用?」

あかねは机に向かったまま。
こちらを振り向きもしなかった。

「今日は勉強に付き合ってくれねえのか。」
「わたしと一緒じゃ嫌なんでしょ。他の人に教えてもらえばいいじゃない。」

背中が、はっきりと俺を拒んでいた。
昨晩のこと。
俺がロミオとジュリエットなんか嫌いだといったこと。
……そんなに怒っているのかよ。
お前があの芝居をずっとやりたがっていたことは知っている。
でも、俺は……。

"Here's to my love!O true apothecary!Thy drugs are quick.Thus with a kiss I die."
(この杯を、愛する者のために!おお、真実の薬屋よ!この薬の効き目はどうだ。
このように、口付けをしながら、わたしは死ぬ。)

俺の思いがけない台詞に、あかねがはっとして振り向く。

"Yes,noise?Then I'll be brief.O happy dagger!
This is thy sheath;there rust,and let me die..."
(ああ、あの音は?はやくしなければ……。おお、幸いにも短剣が!
この身体はお前の鞘。いつまでもここに。そしてわたしを殺しておくれ……。)

俺はあかねの瞳をじっと見つめた。

「あかね。お前、この芝居のどこが好きなんだ?」
「……。」
「愛し合う二人が、結局死んじまう、悲劇じゃねえか。」

あかねは黙って俺の言葉を聞いていた。

「俺は、そんな芝居好きじゃねえ。
たとえ芝居であっても、お前が死ぬ場面なんて、見たくねえし、考えたくもねえ。
だから、台詞だけだろうと、俺……嫌なんだよ。」

俺は、一言一言、搾り出すように言った。

ときどき、あのときの光景がよみがえる。
その度に、俺は胸の奥を抉られるような感覚に襲われる。
あかねと会うまでは、感じることのなかった恐怖。
戦いの中で、死を覚悟したときに感じるそれとは、全く異質なもの。

「乱馬……。」
あかねがふらりと立ち上がる。

俺が、俺であるかぎり。
あかねが、あかねであるかぎり。
決して逃れることの出来ない恐怖……。

「ごめんな、あかね。俺のわがままかもしれねーけど、こればっかりは……。」

突然、白い世界が目の前に広がった。
俺の全身が凍りつく。

やめてくれ……俺は……もうそんなの見たくねえ……。

必死で叫んだ。
しかし、その思いは声にならない。
全身から汗が噴出す。
身体中から力という力が抜け、俺はがくりと膝をつく。
ぼんやりと、あの光景が浮かんでくる。

助けて……あかね……。

「いいの。もういいよ、乱馬……。」

あかねは、俺の頭をそっと抱き寄せる。
そして、聖母のような面持ちで優しく語り掛ける。

「大丈夫。わたしはここにいるから。
あなたが望むなら。あなたがわたしを必要としてくれるなら、
ずっとずっとあなたの傍にいるから……。」

あかねのやわらかさと匂いに包まれて、俺は自分を取り戻していく。
あかねと出会って知った、大切な人を失う恐怖。
しかし、それ以上に大きなものを、俺はあかねから貰っている。
一人では決して感じることは出来なかった、二人で分かち合う喜びと幸せを……。

「俺、この『じゃじゃうまならし』ってのやりてえ。」
「あんた、わたしがはねっかえりで、手のつけられないじゃじゃうまだっていいたいの?」

あかねがじろりと睨みつける。
そうじゃないと誰が言えるんだと思ったが、その台詞を飲み込む。

「そ、そうじゃねえよ。だって、この話はちゃんとハッピーエンドなんだろ?
あとがきに書いてあるじゃねえか。」
「そ、そうなんだけど……。」

「べつの、やろうぜ。」という俺の提案に同意したあかね。
しかし、やはりというべきか、この話を演じることになかなか応じようとしない。

「じゃあ、俺は『ペトルーチオー』でいいよなっ。」
「わたしは、『ビアンカ』がいいんだけど……。」

ビアンカ?お前が?

「なに言ってんだよ。ヒロインは『カタリーナ』なんだろ?
だったらあかねは『カタリーナ』で決まりじゃねえか。」
「わかったわよ……。」

俺は『ヒロイン』というところを強調する。
俺の勢いに押されて、しぶしぶあかねはカタリーナ役を引き受けた。

"...But now I see our lances are but straws,Our strength as week,our weakness past compare,/
/And place your hands below your husband's foot;In token of whitch duty,if he please,
My hand is ready,may it do him ease..."
(わたしたちの槍はわらのようなもの、力も弱く、弱さときたら比べるべくもない…
…あなたの夫の靴の下に手を置いて。従順の証として、もし夫がそう望むなら、踏みつけられても構わない……。)

ごごごごご……。
あかねの頭に怒りマークがぷつぷつと浮かび上がる。

「ら〜んま〜。」
「こ、こらっ。なに怒ってんだよっ。」
「えーい、うるさーいっ!あんた台詞の意味わかってやらせてるでしょっ!」

ぎくり。

「な、なんのことかなぁ?」

精一杯惚けるふりをしてはみたが、既にあかねは拳をかたーく握り締めている。
ふ、あかねからあんな台詞を聞くことが出来たんだ。
思い残すことはないぜ。

「その、にやついた顔は……なんだーっ!」

夕暮れの空に、一番星として輝いた俺。
意外と、幸せだったりする……。






(第五幕)


"I prove that the fight without discrimination the way of "Saotome" is
the best fight skill in the world, and it is shown.
Thank you for listening."
(無差別格闘早乙女流が世界で最強の格闘技であることを、俺、早乙女乱馬が証明してみせます。
ご拝聴ありがとうございました。)

「なかなか様になっているじゃない。たいしたものね。
これなら、先生方にも納得してもらえるんじゃないかしら。」
「ありがとうございます。二ノ宮先生。」

今日は弁論大会の前日。
リハーサルの壇上に立つ乱馬を、ひな子とあかねは体育館の隅から見ていた。
乱馬からは見えないように。

「先生が助け舟を出してくれなかったら、どうなっていたか……。
ご迷惑をおかけして、本当にすいませんでした。」
「乱馬君もいいお嫁さんと、お友達を持っているわね。
あんなに大勢で『乱馬君を進級させて下さい』って押しかけられたら、
先生方もむげに断るわけにはいかないでしょうからね。」

「わ、わたしと乱馬は……。」と赤くなるあかねに微笑み、ひな子は続ける。

「わたしは乱馬君にチャンスを与えただけ。
それに……実際のところは、終わってみるまでわからない、でしょ?」

「そうですね。」とあかねがまじめな顔でこたえる。
「そうよ。」とひな子も真剣な眼差しをあかねに向ける。
くすくす……。
二人の笑い声が優しく響いた。

「いよいよ明日ね。乱馬。」
「ああ。」

ここは天道家の屋根の上。
この家で、ある意味一番集中できる場所だ。
俺はここで、明日のシミュレーションをしていた。
演説の順番、壇上に立って、話すまで。話の出だし、身振り手振り……云々。

「どうだ。なんかおかしいところあるか?」
「ううん。すごくいいと思うよ。」

あかねが付きっきりで俺の様子を見ていてくれた。
そのあかねから太鼓判を押された。
ありがとうな、あかね。
俺、絶対この勝負に勝って、お前と一緒に進級するぜ。

ぶるっ!
ちょっと冷えてきたかな。
さすがにこの季節、屋根の上は寒い。

「あかね、寒くねえか。」
「ううん、大丈夫……。」

そう言う声が、ちょっと震えていることに俺は気付いた。
きていた上着を脱いで、あかねに掛けてやる。

「ごめんな、長い時間つき合わせちまって。」
「ら、乱馬。風邪ひいちゃうよ。」

ちょっと頬を赤らめながら、あかねが心配そうに俺を見上げる。
雲間から、月が姿をあらわした。
淡い光が、あかねの姿を幻想的に浮かび上がらせる。

透き通るような白い肌。
すらりと通った鼻筋。
柔らかな紅色をした唇。
大きな輝く瞳。
艶やかな黒髪。
ほんのり染まった頬。

「…………。」

さらり。
夜を渡る風が、あかねの髪を揺らした。
その音が、俺の意識を引き戻す。

「なあに?」

あかねは不思議そうな顔で俺を見つめる。

「家に入ろうぜ。」

俺はあかねを促す。

「さっき、なにか言ってたじゃない。なんて言ったの?」

あかねがしつこく聞いてくる。
俺は黙ってあかねを抱えてあげて、飛び降りる。
虚を突かれて、あかねは「きゃあっ!」と悲鳴を上げた。

「もうっ!一言断ってからにしてよね。びっくりしたじゃない。」

真っ赤になって怒るあかねを降ろすと、俺は笑って言う。

"I'm sorry."

あかねはちょっと考えてから、舌をぺろりと出して、言った。

"I don't forgive it."




(最終幕)


「乱馬、原稿は持った?」
「おう。このとおり。」
「乱ちゃん、頑張ってや。」
「頑張れよ!乱馬。」
「乱馬君、しっかりね。」
「ありがとうな、みんな。俺、絶対この勝負に勝って、みんなと一緒に進級するぜ。」
「ふれー、ふれー、らーんまー。」
「頑張れ、頑張れ、乱馬くーん。」

みんなの声援を受けて、俺は控え室へと向かった。
さすがに、ちと緊張するぜ……だがっ!
この勝負、応援してくれたみんなのためにも、負けるわけにはいかねえっ!

「頼もうっ!」

控え室の中には、出場者とおぼしき連中が各々の準備をしていた。
俺をちらりと見て、笑っているやつもいる。
たしかに、お前らの方が頭はいいだろうよ。
だがな、気合と根性では負けねえぜ。
俺はそいつらを睨みつけた。

「おいおい、早乙女乱馬。大人気ないぞ。」

聞き覚えのある声。
なんでこいつがここにいるんだ。

「この九能帯刀に弁論で勝とうなどと、十年はやいわ。」

こいつなら、ある意味、いてもおかしくはないが。
気が重くなってきた……。

「おめー英語なんて喋れるのかよ。」
「ふっ。この九能帯刀の辞書に、不可能と言う文字はない。」

なんでこいつはこんなに自信満々なんだろうか。
能天気ってのは、気楽なもんだぜ……。

「丁度いい。貴様の順番は、ぼくの次らしいからな。
せいぜい、ぼくの崇高な演説を汚さないようにしてくれたまえ。
はっはっはっ……。」

……九能センパイにだけは死んでも負けられねえ。
俺は固く心に誓うのであった。

全校英語弁論大会が始まった。
一人、また一人と控え室の人数が減っていく。
演説者の声が、ここまで響く。
聴衆のざわめき、歓声が聴こえる。
英語には自信のあるやつらだけに、さすがにうまい。
本当に、気合と根性だけで、勝てるのだろうか……。

「次の方、用意してください。」
「ふっ。ようやく真打ちの登場のようだな。」

扉へと歩み寄ると、九能は俺を振り返る。

「残念だな、早乙女乱馬。貴様にぼくの素晴らしいスピーチを聴かせてやりたかったのだが。」
「聴けなくてうれしいぜ。」
「ふっ。負け惜しみを言いおって。よかろう。テーマだけでも教えてやろう……。」

高笑いを響かせて、九能センパイは出て行った。
ったく、めでてーやろうだぜ。
なあにが、『愛の告白』だ。
勝手にやってろっつーの。
……。

"OOOOOSSAGEEEEE GIIRRRRRRLLLLLLLLLL!!I LLLLOOOOOOOVVVEEE YYOOOOOOOUUUUUUUU!!!!"
「やめろおおおおおおおおっ!!!」

壇上で叫ぶ九能に、渾身の一撃をくらわし、大空の彼方へと排除する。
ったく、なに考えてやがんだ。あいつは。
これだけ遠くまでぶっ飛ばしておけば、しばらく戻ってこれねえだろ。
胸を撫で下ろす俺だったが、さらなる難関が待っていた。

「オーノー。早乙女乱馬〜。ノーグッド、ノーグッドー!」

突然校長が壇上に上がってきた。

「タッチィのエクセレントなスピーチの邪魔をしたばかりか、順番を割り込むとは許せませ〜ん。
罰として、タッチィのスピーチの代わりをするで〜す。」

へ?俺が、九能センパイの代わりに?
わけがわからずにいるところに、校長が一言。

「テーマは、『愛の告白』でーす。」

こ、こいつは……また思いつきでわけのわからねえことを言いやがって!

「な、なんだよそれはっ?!俺はちゃんと自分のテーマ決めて、演説の練習してきたんだ。
いまさら変更できるかよっ!」

俺は校長の胸倉を掴んで怒鳴り散らした。
しずかに校長はサングラスを外す。
いつにない真剣な眼差しに、俺は声を潜める。

「Hey boy. どんな理由があろうとも、正式な場所で、
法式にのっとって発言している人物を力ずくで排除することはいけませ〜ん。
『言論の自由』の侵害でーす。本来なら、きみは退場、失格でーす。」

失格……それは、困る。
ここまできて、諦めるわけにはいかねえ。
みんなのためにも、俺のためにも……。
うなだれ、俺は校長から手を離した。

「わかってくれましたか、早乙女乱馬〜。これはタッチィへの懺悔でーす。
お星様になったタッチィもきっと許してくれるはずでーす。」

校長は「Ahahaha-ha.」と言って席へと戻っていった。
ったく、真面目なのかふざけてんのかわかったもんじゃねえ。

……。
観衆の視線が、俺に集中しているのがわかる。
壇上から館内を見渡す。
人間、本当に追い込まれると、かえって冷静になるのかもしれない。
観衆ひとりひとりの顔を眺めながら、俺は状況を分析する。

懐の原稿はもう使えない。
『愛の告白』のテーマで演説しなければならない。
相手はともかく……英語で告白しなければだめだ。
でも、英語で告白って、どうすりゃいいんだ。
俺はひな子先生に、助けを求めるかのごとく視線を送る。
しかし、予想外の展開に、先生も戸惑いの表情を浮かべている。
あかね……。
俺はクラスメートの座席に視線を移した。
ひろしもだいすけもおろおろしていた。
目を凝らして、あかねを探した。
だが、あかねの姿は見つからなかった。
あかね……あかね……俺、どうしたらいいんだ……。

"He jests at scars that never felt a wound,"
(傷跡をけなすのは、深手を負ったことがないためだ。『第二幕第二場最初の台詞』)

凛とした声が館内に響き渡った。
ステージのすぐ前に、彼女は立っていた。
俺の瞳をまっすぐに見つめて。
聴衆の視線が彼女に集中する。
ざわめきが館内を包んだ。
それでも、彼女は俺だけをじっと見つめていた。
その眼差しが、俺がなにをすべきかを、教えてくれた。

ありがとう、あかね……。

"But soft!What light through yonder window breaks?It is the east,and Juliet is the Sun...."
(静かに!あの窓の隙間から漏れる光は?あれは東、そしてジュリエットは太陽。……)

俺の台詞に、あかねが微笑む。
ようやく自分に集中する視線に気付いたのか、周りを見渡し、真っ赤になる。
それでも自分の番には、俺を見つめ、しっかりと台詞を言ってくれる。

"...And all my fortunes at thy foot I'll lay,And follow thee,my load,throughout the world."
(……この身ともどもわたしのすべてをあなたの足元に投げ出し、世界中いづこなりともお供いたします。)

演壇を挟んで演じられる『ロミオとジュリエット』。
観衆のざわめきは、いつしか止んでいた。
ロミオ役のたどたどしい台詞にも、波風ひとつ立つことはなかった。
少年が放つ情熱。
受け止める少女の愛情。
二人が創り出す圧倒的な世界に、観衆は飲まれていった。




(エピローグ)


「ったく、おまえがよけいなことするから……。」
「なによっ。せっかく助けてあげたのにっ!」

家への帰り道。
言い争う俺たち。
あの後、あかねは学校中で冷やかされた。
俺は例の三人娘と男三人に殺されかけた。
そんなこんなで、やっぱり喧嘩になってしまう。

……今日くらいは、俺から折れてやってもいいよな。

「でもさ……。」

俺はちょっと照れながらも、根性で話し掛ける。

「ロミオとジュリエットもたまにはいいよな。」

あかねは頬を染めて俯く。
その姿に、俺は誓ったんだ。
今日はロミオだったけど、いつかは俺自身の台詞で言うから……。

あかね……。
I love you,Juliet...

『伝説の第二幕第二場』
風林館高校に伝わる、あるカップルのお話。


(おしまい。)


『参考文献』
1.「ロミオとジュリエット」 日本放送協会 
2.「ロミオとジュリエット」 新潮社




Author おじゃましまうま


X おじゃましまうまさま Comment
 長かった……。読んでくれた方々、本当にお疲れ様です。
苦しい部分もありますが、許してくだされ……。
ひな子先生は全編アダルトバージョン設定です。

 文章書くの下手だなあと、つくづく感じさせてくれる作品
です。いつか、もう一度書き直してみたい話です。
 なぜか突然、英語をからめた小説を書きたいと始めました。
そしたら、ひな子が英語の先生で、都合がよい。
登場キャラが足りないので、九能でも出そうかと思ったら、
『青年の主張』が原作通りで、適役でした。
九能がいなかったら、最終幕は書けなかったです。
原作のしっかりとしたキャラクターに助けられました。
駄作長文を読んでいただき、感謝でございますm(__)m

X torino Comment
いつも原作にあるテーマを絡められて、楽しいお話を作って下さるおじゃましまうまさまから頂きました!
いや〜。楽しい勉強!楽しい英会話!二人っきりで、発音練習!「あぁる」いや、「あ〜る」!
「R」の発音もナイスな形でしたなー!私的には「th」がキテました。舌の先端を軽く歯で挟む!
どちらにしろ、勉強所では無い許婚の愛らしい仕草。乱馬くん負けるな!頑張れ!と応援するワシ。
英語で弁論大会。そう聞くだけで胃が痛くなる程英語音痴のワシですが、丁寧に訳されているので
読むのに苦労は無かったです!むしろ、英語での言いまわしの美しさを再認識。お気遣いありがとうです!
しかし、あかねに英語でひれ伏し台詞を言わせて喜べる程、乱馬の英語力があったとは!驚きっす!
最終幕でのキャラの混在ぶりは、作者さまの仰るように確かなキャラの動きで見事にまとめられてます。
おじゃましまうまさま。楽しくも勉強になる話。Soul。ありがとうございました!

やや気になる英語音痴のワシ。OPでのあかねちゃん「Darling,Ranma.」とな!?「Darling,」となー!?


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