バストバトル☆2




「バストバトル☆2の壱」


 ったくも〜!なによ、乱馬の馬鹿っ!!

あかねは一人帰宅の途についていた。
学校帰り。喧嘩したので乱馬はいない。
かわいくねえ、色気がねえ、不器用、寸胴、のろま・・・。
いつもの乱馬のあかねに対する暴言の数々。
ただし、今日はそれにもう一つ加わっていた。

「そのうえ、ペチャパイですってぇ〜!」

彼女はふと立ち止まり、そっと右胸に手を当ててみる。
あのときの彼のてのひらの感覚がまだ残っていた。

あれは事故だった。
わかっている。乱馬はわざとやったわけではない。
自分をかばって・・・。

階段で足を踏み外した自分を、乱馬はとっさに左腕で抱き寄せた。
そのとき、偶然にもあかねの胸をわしづかみしてしまった。

もう出会ったころのわたしたちではない。
だから、二人だけしかいなかったら、「乱馬のスケベ」くらいですんだのだが・・・。
運悪く、下級生に見られてしまったのだ。

「わー。早乙女先輩だいたーん!」
「さすが許婚のお二人!あつあつっすね〜!」

などとはやし立てられて、二人とも頭に血が上ってしまった。

「馬鹿乱馬っ!いつまで触ってるのよ。この変態っ!!」
「な、なんだと〜!助けてやったんじゃねえか!少しは感謝したらどうだ!」
「ひとの胸触っておいて、なにが感謝よ!痴漢!」
「だ、誰が好き好んでお前のペチャパイ触るかよ!」
「!!・・・」

乱馬に思い切り平手打ちをかまして、それきり視線すらあわせていない。
そう、わかっている。
あれは不可抗力。乱馬は悪くない。
でも・・・。

『とっとと服着て、その小さな胸しまえ、見たくねえ。』

去年乱馬に言われた言葉。
仲直りできたとはいえ、今思い出しても胸の奥がちくりと痛む。

また、言われちゃった・・・。

たしかに、女の乱馬はスタイルが良い。
彼(彼女?)は意識していないようだが、むかしよりぐっと艶やかになっている。
水着姿になったときなんて、「かなわないなあ」と思うほど。
でも、わたしだって陰ながら努力していたつもり。
毎晩バストアップダンベル体操やってるし、豊胸クリーム塗ってるし、マッサージだって・・・。
ちゃ〜んと、前より大きくなってるんだから!
・・・ちょっとだけ。

わかってくれてると思っていたのに。

あのときのあの言葉。
自分を傷つけた、乱馬の一言。
喧嘩して、悲しくって、仲直りして、わかりあったはず。
だから、乱馬が原因となったその一言を、再び自分に投げかけたことが許せなかった。

だけど。
もしも、わたしの胸が大きかったら。
・・・そうしたら、あいつもあんなこと言わなくなるのかな・・・。

私ってそんなに魅力ないのかなあ・・・。

彼女はとぼとぼ歩き出した。

がらがらがっしゃーん!
「あいや〜!?」

はっと彼女が音の方向に視線を移すと、中国人風の行商人らしき人物がひっくり返っていた。

「大丈夫ですか?」

彼女は駆けより、助け起こした。
どうやら大きな怪我はないようだ。

「あたた・・・。ちょとつまづいてしまたねー。あらら。これは大変ね。」

周りには商品(?)とおぼしき怪しげな物体が散乱していた。

「わたしも手伝います。」
「すまないねー。優しいお嬢さん。」

あかねも品物を拾い集め、籠に詰めていく。
と、そのうちの一つの品書きに目が止まった。

『弁天胸帯改〜女性的魅力倍増〜』

絵が書いてある・・・これって、ブラジャー?

「お嬢さん、それが気になるのか?」

まじまじと品物を見つめる彼女に、商品を籠に詰め終えた行商人は笑顔を向ける。
べっ、別に・・・と言いかける彼女を制し、商品説明を始めた。

それによると、『弁天胸帯』とは今を去ること四千年前、かの弁天様が胸を隠すために使用していた
絹の布のことらしい。その布を身につけると、女性の魅力が増大されるといわれている。
その昔、胸の小ささに悩んでいた心優しい少女のため、
弁天様が生糸を生み出す『桃色蚕』と布の製法を伝えたとされている。
この商品は、それを今風にブラジャーに仕立てたものらしい。

「桃色蚕をめぐって動乱が起き、今では養蚕の技術も失われてしまったね。
だから、この商品はとても貴重ね。」

行商人は煙草の煙をふうとふいて、空を見上げた。
あかねは興味深々で説明を聞いていたが、貴重なものと聞いて肩を落とした。

あれを着けたら、わたしも魅力的になれるかもしれない。
でも、貴重なものなんだ・・・。
わたしには買えないよね。

そっと籠に弁天胸帯を戻そうとする彼女に行商人は微笑んだ。

「おや、お嬢さん。お買い上げにならないんで?」
「え、あの・・・。」

あかねはうつむいて、お金が足りませんと言った。
行商人は弁天胸帯を受け取ると、ちょっと考えた後、彼女の手を取り、弁天胸帯をそっと握らせた。
驚いて見上げる彼女に、行商人は静かに語りかけた。

「わたしは商人ね。利益にならないことは出来ない。だからこれをあなたにあげることは出来ないね。
でも、あなたはわたしを助けてくれた。恩義があるね。それにあなたとても気持ちのきれいな娘。
わたしも助けてあげたい。だから、これあなたに貸すことにするね。」
「そ、そんなご親切、受け取れません・・・。」

戸惑う彼女を優しく見つめ、行商人は続ける。

「ひとつ大事な質問あるね。あなたはどうして魅力的になりたいのか?」
「!・・・」
「好きな人を振り向かせるためか?」
「!!・・・」

あかねは真っ赤になってしまった。

『どうして魅力的になりたいのか』

そう。
シャンプーや、右京、小太刀より魅力的になりたいの?
らんまより胸が大きくなりたいの?
合っているようだけど、違う。

わたしは、乱馬に、わたしだけを見て欲しいと思っていたんだ・・・。

わたしって、そんなに乱馬のこと・・・???!
そう思うとあかねは耳まで赤くなってしまった。

「や、やっぱりこれ、お返しします!」

そういう彼女に苦笑しながら行商人は言った。

「いいからいいから。とりあえず使ってみなさい。あなたの好きな人はそうとうひねくれた人物 みたいだからね。」

あかねは注意点をいくつか説明された後、行商人と別れた。
いつのまにか、小走りになっていた。
大事に弁天胸帯の木箱を抱えて。

そのころ、別れた行商人はふとつぶやいた。

「あいや、上だけしか渡してなかたな・・・」

「かすみお姉ちゃん、お風呂沸いてる?」
「ええ。でもどうしたの。こんな早くに入るなんて珍しいわね。」
「うん、ちょっと汗かいちゃって。」

あかねは部屋に戻ると、弁天胸帯の箱を開けた。

「きれい・・・。」

デザインは少し派手目。
でも、その淡い桃色は、見ていると引き込まれそうになる・・・。
手触りも、自分が持っているものとは全然違う。
カップはちょっと大き目かな。

わたしに似合うかな。

鏡の前でそっとあわせてみる。
生地のせいかな。ちょっと大人向けかもしれない。
・・・下はどうしよう。似たようなものあったかなあ・・・。

「あかね〜。夕ご飯よ〜。」

かすみお姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえる。
お風呂から上がって、自分の部屋に入るまで、誰にも会わなかった。
つまり、弁天胸帯を着けて人と会うのはこれがはじめて。

不思議なブラジャーだった。
明らかに自分のカップより大きいはずだったのに、着けてみるとぴったり。
サイズが合うのはいいけど、バストアップするのかな?
鏡に映った自分は、いつもと変わらない感じがしたけど。

居間には家族全員揃っていた。
もちろん乱馬も。
わたしは黙って乱馬の隣、といってもいつもより離れて座る。
声もかけないし、視線も合わせない。

「あかねー。まーた乱馬君と喧嘩し・・・。」

なびきお姉ちゃんが目を丸くしてわたしを見ている。
あ、あれ?なんか変かな?!

「はっはっはっ、どうしたなびき。あかねがどうかし・・・。」ぐきっ。

おとうさんは首だけこちらを向いたまま・・・固まっちゃた。
早乙女のおじさまは口をあんぐり開けっ放しだし、かすみお姉ちゃん、おろおろしてる・・・。

な、なによ〜。そのリアクションはー!?

そ、そうだ。肝心の乱馬は?!
!?ど、どうしたの?

乱馬はうつむき、眉間にしわを寄せ、肩を震わせていた。
拳を握り締め、目を閉じ、歯を食いしばっている。
何かに必死で耐えているみたい・・・ちょっと怖いよ、乱馬。

そうかと思うと、いきなり立ち上がり、「親父、修行するぞ。」といって
おじさまを連れて出て行ってしまった。
わたし、なにか悪いことしたかな・・・。

その日の夕食は家族全員ぎくしゃくしていた。

もう、いったいなんなのよー。

早朝のランニングを終え、ブロックを破壊しながらあかねはつぶやいた。
ランニングをしているときの、周囲からの視線。
新聞配達のお兄さん、太極拳をしていたおじいさん、犬を散歩させていたお姉さん・・・。
なんか、いつもと違った、じっくりと観察されるような・・・嫌な感じ。
もしかして、今着けている弁天胸帯のせい?

全然変わっているように見えないんだけど。

あかねは脱衣場の鏡の中の自分を見つめる。
昨日までと変わらない自分がいる。
変わっているのは、着けている下着、ブラジャーだけが大人っぽい。

あの行商人さん、嘘つくような人には見えなかったんだけど。
やっぱり、効果には個人差が出るものなのかしら・・・。

あかねはため息をつくと、ブラのホックを外そうとした・・・のだが。

あ・あれ?おかしいな・・・。
そ・そんなはずは?!えぃっ!やぁっ!!・・・???!

「か、かすみお姉ちゃん・・・。」
「ど、どうしたの、あかねちゃん。」

あかねは恥ずかしそうに、台所にいるかすみに歩み寄る。
かすみはあかねを見ると一瞬戸惑いの色を見せたが、なんとか立ち直ったようだ。

「ブ、ブラジャーのホックが取れないの。かすみお姉ちゃん、お願い・・・。」

あかねは頬を赤くして、消え入りそうな声でかすみに頼んだ。

「はいはい。」

かすみは微笑みながらあかねのホックに手を伸ばす。
かすみの手が震えていたこと、その目に好奇と苦悩の色が浮かんでいたことに、
背を向けているあかねは気づかなかった。

「あら、あら?!」
「お、お姉ちゃん!?」
「は、外れないわ・・・。」

えぇーっ!?ど、どーしてえぇぇー??!?

「仕方がないわね。あかね、バンザイして。脱がしてあげるから。」

う。お姉ちゃん、この歳でそれはちょっと恥ずかしい・・・。
と思ったけど、この際手段を選んではいられないわ。
しぶしぶバンザイをしたのだけど・・・。

「あら、あらあらあら〜!?」

う、うそっ!ま、まさか??!

「あかねちゃん、これ取れないわよ。」

そ、そんなあぁぁぁ!?ど、どおしてぇぇぇー???!




(その弐に続く)



「バストバトル☆2その弐」


「すいません東風先生。こんなに朝早く・・・。」
「いいんだよ、あかねちゃん。それより、もう一度詳しく話を聞かせてくれないかな。」

あかねはいつもより一時間早く家を出て、小乃接骨院の東風先生を訪ねた。
弁天胸帯について、先生ならなにかわかるのではないかとかすみが考え、
電話したところ、朝早くにもかかわらず、相談に乗ってくれるということになったのだ。

あかねは、行商人とのいきさつから、現在に至るまでを赤くなりながら話した。
東風はあかねの持ってきた弁天胸帯の入っていた木箱をじっと見つめながら、話を聞いていた。
あかねが話し終わると、しばらく目を閉じ考えをめぐらせた後、東風はゆっくりと語り始めた。

中国四千年前、結婚を両親に反対されていた恋人達がいた。
娘があまりにも男勝りで、はねっかえりのために、男の親兄弟が強く反対していた。
娘の親も、いつまで経っても心身ともに女らしくならないので、家の面目を保つため、結婚させるつもりはなかった。
しかし男は、幾重にも張り巡らされた彼女の心の壁の奥に、無償の愛があることを感じていた。
本当に信頼し、愛するものにだけ向けられる笑顔を知っていた。

自分が愛する女は、このひと以外にはいない。

そう誓った男は彼女に駆け落ちするよう懇願した。
しかし、彼女はそれを拒み、男の前から姿を消した。
それでも、男は諦めなかった。
男は彼女を捜す旅に出た。
いくつもの山を越え、河を渡り、砂漠をさまよった。
しかし、一年が過ぎ、二年経ち、三年の月日が流れても、彼女を見つけることは出来なかった。
そして、五度目のある春の日、彼は自分の故郷に戻って来た。

故郷の山奥にある梅の古木。
彼女との時間を共有した、思い出の場所。
あれから五年が経っていたが、梅はあのころと変わらぬ美しい花を咲かせていた。
彼はその花を見つめながら、そっと古木に話し掛けた。

梅の木よ。もし彼女がこの場所に戻ってくることがあったなら、伝えて欲しい。
愛しいひとよ、許しておくれ、と。

あのとき、わたしに本当の勇気があったなら、君を苦しませることはなかった。
周りがわたしたちを認めてくれるまで、待ちつづけるべきだった。
あのとき駆け落ちしていれば、わたしたちは幸せになれたかもしれない。
でも、残された親兄弟はどうだろうか。
君は優しいひと。
父母を悲しませては、自分の幸せを感じることはできなかったのだろう。
そして、わたしの想いが君の逃げ道を無くしてしまった。
皆を不幸にして、自分たちが幸せになることは出来ない。
そう考えた君は、自らの幸せを放棄した・・・。

男は梅の花にそっと口付ける。

わたしは君を愛している。
今までも。そしてこれからも、ずっとずっと・・・。

さわっ・・・。
梅の梢が揺れた。
男が気配に気づき、振り返ると、真っ白な鹿がたたずんでいた。
深く、そして澄んだ瞳。見事な角。
男を気にするでもなく、悠然と景色を楽しむ様は、人智を超える存在を感じさせるものであった。
白鹿はしばらく梅の花の匂いを嗅いだりしていたが、ふと男の方を向いた。
男の目と白鹿の目が見詰め合う。
ふいと白鹿は背を向け、歩き出す。
男が立ち尽くしていると、白鹿は振り返る。
そして、また歩き出し、立ち止まり、振り返った。

付いて来いっていうのか?

白鹿の後を追った男は、見知らぬ景色に戸惑った。
あの梅の木からそんなに歩いていないはずなのに、まったく見覚えのない桃林が広がっていた。
白鹿は、そんな男にかまわず前を進んでいく。
もしや、これが噂に聞く桃源郷なのか?
突然目の前に小さな庵が現れた。

「誰ですか。」

庵の中から凛とした声が響いた。
中にいたのは若い男。
しかし、その青年の纏う空間は、人の持つそれとはまったく違うように見えた。

「おやおや、また人間を連れてきてしまったのか。あれほどいけないと教えたのに。仕方のない子ですね。」

青年はすっと立ち上がると、白鹿の方に歩み寄り、笑って頭を撫でた。

「仙人様!どうか、わたしに愛しいひとの居場所をお教えくださいませ。
このとおりでございます!!」

男は青年の前にひれ伏し、懇願した。

「聞いてどうするのです。」
「ご存知なのですか!?お、教えてくださいませ。」
「存じてはおります。しかし、あなたの求めるひとがどういう状況にあっても、
それを受け入れる覚悟があなたにはありますか?」
「・・・はい。」

青年の言葉に、男の目に一瞬悲しみの色が浮かんだが、
青年の目をぐっと見つめ、男は決意を述べた。

「わたしが彼女と離れてから、五年の月日が流れております。
わたしは彼女を愛しています。そして、彼女を信じている。
しかし、彼女がずっとわたしを思っていたとしたら、この五年間ずっとわたしは
あのひとを苦しめていたことになる。
もし、あのひとが幸せを見つけてくれたなら、それはそれでいいのです。
この広い空の下で、あのひとが笑っていてくれるなら、わたしはそれでいい。」

男の言葉を聞き終えると、青年は微笑んだ。

「あなたの目の前にいるではありませんか。」

驚きの表情で男は辺りを見回す。そして、呆然と青年を見つめた。
青年は苦笑して、白鹿を指し示した。

「わたしではありませんよ。この子です。」

男は愕然とした。

「あの女子はここに迷い込んだとき、生きる希望を失い、苦しみに満ちていた。
そして、その苦しみから逃れるために、人として生きることを放棄したのです。
この桃源郷は人々の強い願いが創り出した世界。それゆえ、ここでは強く願えば望みが
叶う場合があります。善し悪しにかかわらず。そしてそれは、人の姿をも変え得るのです。」

男は白鹿を見つめた。
白鹿は小首を傾げて男を見つめている。
男はそっと白鹿の首を抱きしめた。

「・・・お願いします。
わたしを彼女と同じく、鹿に変えてください。」

男の申し出に、青年は首を振る。

「そんなことをして、どうするというのです。
それに、この子にはあなたとの記憶はもはや存在しないのですよ。」
「・・・たとえ人の姿でなくとも、愛するひととともに生きたいのでございます。
どうか、どうかお願いします。」

男は青年を真っ直ぐ見つめて言った。

「本当にそれでいいのですね。」

男は白鹿の首にすがりながら、頷いた。

「わかりました。そこまでいうのなら、その願いかなえましょう。」

青年が念を唱え始めると、男の意識が遠のきはじめた。

梅の匂いに目が覚めた。
男は梅の古木の下にいた。
夢・・・だったのだろうか。
男は自分の身体を確かめたが、人のそれであった。
日が沈みかけている。
半日ほど眠ってしまったようだ。
見上げれば、満開の梅の花・・・。
男は、ぽつりと愛しいひとの名をつぶやいた。

「はい・・・。」

男は飛び起きて、声の主を見つめた。
夕日に浮かぶシルエット。
微笑みかけるその女性に、男はもう一度愛しい名を呼んだ。

「男の恋人は失踪後、神の使いたる白鹿に導かれ、桃源郷に入ったそうだよ。
男が来るまでの五年間、仙人のお世話係をしていたらしい。
仙人と言うのは、実は弁天様の仮の姿なんだって。
青年の姿をしていたのは、女の格好だと、色気がありすぎていろいろ面倒だったかららしい。
女は弁天様の着物を織ったりしていたらしく、そのとき覚えたのが弁天織物だと伝えられている。
彼女が桃源郷で織って、着ていたものがいわばオリジナルの弁天織物。
故郷に帰ってから織ったものが、コピーといえるかな。
オリジナルの弁天織物は桃源郷産ゆえか、不思議な力があったそうだよ。
着用した女性が魅力的に見えたらしい。
正確には、女性の魅力を増幅する効果があるというよ。
コピーの方は、それほど効果はなかったらしいのだけど、
その地方の名産品としてずいぶん人気があったそうだけど・・・。」

というと、東風はあかねをちらりと見て、頭をかきながら言った。

「とりあえず、あかねちゃんが今身につけている弁天胸帯は、彼女が桃源郷から持ち帰った
弁天織物の一部を加工したものと考えるべきかもしれないね。」

あ〜あ、どうしてこんなことになっちゃったんだろ・・・。

あかねは病室の窓から空を眺めてつぶやいた。
結局、東風にも弁天胸帯を外すことは出来なかった。

「このまま人ごみの中に入っていったら、問題が起こるかもしれない。」

と東風が判断し、あかねは学校を休むことになり、弁天胸帯が外れるまで小乃接骨院に隔離されてしまったのだ。
東風が天道家と連絡を取り、早雲と玄馬とともに行商人を捜索しているという。

あかねは病室の鏡に自分の姿を映してみた。
どうみても、いつもの自分と変わらない。
でも、他の人には異常に魅力的に感じるのだ、と東風先生は言った。

ホックは、やはり外れない。
何度やってもだめだ。

東風先生でも外せないんだから・・・。

そう思ったら、あかねは真っ赤になってしまった。
東風もブラのホックを外そうと試みたのだが、失敗したのだ。
事情が事情だし、相手は先生なのだけど、男性、しかも初恋の人にブラのホックに
触れられて、あかねは心臓が破裂するのではないかと思うほど恥ずかしかったのである。
相手の東風も相当恥ずかしかったようだが・・・。

そういえばあのとき「乱馬君はどういう反応したの?」と先生に訊かれた。
様子を話したら、「なるほどね・・・。」と考え込んでたけれど・・・。
あのときの乱馬、変だった。
すぐに道場に行っちゃったし、乱馬にはどう映ったんだろう・・・。

「乱ちゃん、あかねちゃん今日休みかいな。どうしたん?」
「しらねーよ。」

なんや、めっちゃ機嫌悪そうやんか。
右京はそれ以上訊くのをやめた。
彼は今朝一人で登校し、遅刻した。
遅刻する以前から機嫌は悪そうだったが、
ひなこ先生から、あかねが学校を休むと聞いてから、ますますご機嫌ななめのようだ。
しかも、とても落ち着きがない。

なんだかんだ言って、やっぱりあかねちゃんが気になるんやね・・・。
右京は深くため息をついた。

そのころ、東風は行商人を捜して街中を駆け回っていた。
彼女によれば、行商人はこの街を訪れるのは初めてだったらしい。
仲間から紹介を受けて、お店を回るらしく、数日は滞在すると言う。
目星をつけて中華系の店を訪ねてみたが、仕事熱心な商人らしく、既に立ち去った後だった。
猫飯店にも行ってみたが、そこも既に訪ねてきたという。
ついでにコロン婆様に弁天胸帯改について訊いてみたが、新商品らしく、知らないとのことだった。

「試用期間が過ぎたら、回収に行きますから。」
ということで、天道道場の場所は教えたということだが、果たしていつになるやら・・・。

「困りましたねえ・・・。」

東風は公園のベンチに腰掛け、つぶやいた。

「一度、天道さんのお宅に戻りますか・・・。」

がらがらがっしゃーん。
「あいやー!」
「あら、たいへん・・・。」

「わからない・・・?」

行商人は天道家を訪問する途中に、買い物帰りのかすみにと遭遇し、天道家にお邪魔していた。
そこに東風が戻ってきたのだ。
しかし、弁天胸帯が外れないという現象については、今まで聞いたことがないという。

「オリジナルの弁天織物の一部といわれるものを加工して、弁天靴下改、弁天腰巻改など
弁天シリーズをつくてきたが、外れないというクレームが来たことはないある。
どしたことかな。いや、迷惑かけたなら申し訳ないね。」

と行商人は平謝り状態である。
悪意を持ってあかねに弁天胸帯を貸したとは思えない。
このままではどうしようもない・・・一同は途方にくれていた。

「腰巻に靴下ねえ・・・。そんなもん誰が買ったの?」
「あら、おかえりなびき。」

学校から帰ったなびきが、珍しそうに行商人の持っている品物を眺めている。

「う〜ん、倦怠期の夫婦とか、結婚目前のカップルね。とても好評だたね。
一晩で仲良しこよしになるらしいね。」

東風となびきがぴくりと反応する。

「そ、それはもしかして・・・。」
「ちょっとあかねには早いんじゃーないかしら。」

対照的に、かすみとのどか、行商人はわけがわからないようだ。

「な、なびきくん。どーしたらいいかな。」

なびきの部屋で作戦を練る二人。
問題が問題だけに、事情を知るものは少ない方がいい、となびきが提案したのだ。

「どうもこうもないでしょう。あの二人で解決してもらうしかないんじゃないの。」
「で、でも、あの二人が素直に応じるとはとても思えないのだけど・・・。」

焦る東風に、なびきは不敵な笑いを浮かべて言った。

「どちらにしろ、あのブラジャーがとれないことにはみんなめいわくするのよね。
あたしだって、あかねが傍にきたら、何するかわかんないわよ〜。」

固まる東風になびきは続ける。

「ま、一番困っているのは乱馬君でしょうからね。被害者がちょっとくらい慰謝料請求したって いいんじゃない?」
「な、なびきくん。それってまさか・・・。」

なびきはカメラにフィルムが入っていることを確認していた。




(中身がないくせに、長すぎ・・・。次で終わりです。)




「バストバトル☆2その参」


「そ、そんな・・・。先生、他に方法はないんですか?!」

あかねは東風にすがりつくようにして叫ぶ。
目には涙が浮かんでいる。
完全に気が動転してしまっているようだ。

「あ、あかねちゃん。落ち着いて・・・。
そ、それと、もうちょっと離れてもらえるかな。ご、ごめんね。」

東風はあかねを椅子にかけさせると、深呼吸をして気を落ち着かせた。

「確かに、この方法が絶対成功するとは言えない。
でも、弁天シリーズが外れる事例の共通点は、『愛し合う男女』ということだけなんだよ。
だから・・・。」
「だから、乱馬にホックを外してもらえって言うんですか・・・。」

あかねは真っ直ぐに東風を見つめた。
大粒の涙が次々とこぼれる。

「あかねちゃん・・・。」

東風は胸が締め付けられるようだった。
しかし、現状においては、これ以外に解決方法はない。

「あ、あのね、あかねちゃん。乱馬君には、なびきくんがうまく説明してくれるはずだから、
そんなに思いつめることはない・・・と思うんだ。だ、だから・・・。」

必死に説得する東風だったが、あかねの目は宙を泳いでいる。
それもそのはず。
互いにあふれんばかりの好意をもっていることは、疑いようのない二人ではあるが、
それ以上のかたくなさを持っている二人である。
『好き』という言葉すら口に出せないところに、いきなりブラジャーのホックをはずしてもらえ
などというのは、心の壁をすべて取り払って、互いのすべてを見せ合えというに等しい。
いつかは分かり合える二人であろうが、今ここで急いでしまっては、ゆっくりと互いの壁を
取り払ってきた二人の関係を壊しかねない。
なにより、二人のプライドが、それを許すだろうか・・・。

「先生、ちょっと一人にさせてもらえませんか・・・。」

あかねが消えそうな声で言った。
東風はいたたまれずに、部屋から出て行った。

「やなこった。なんで俺がそんなことしなきゃなんねーんだ。」

帰宅した乱馬をなびきが説得しているのだが、どうやらてこずっているようだ。

「だからさー、かすみお姉ちゃんやわたしも一応やってみたんだけど、だめだったのよ。
こういう場合は、いろんな人の手を借りたいわけ。乱馬君もその一人ってことよ。」

なびきは『愛する二人』でなければならないということを隠しつつ、乱馬を説得する
必要があった。めんどくさいわねー、と思いつつ続行。

「どうしても嫌だっていうのなら、良牙君や、久能ちゃんに頼むしかないけど。」

乱馬がぴくっと反応する。ふ、単純なんだから。

「勝手にしな。俺はそんなあほらしーことしねえからな。」

そう言って、乱馬は部屋から出て行こうとした。
ちょ、ちょっと待ちなさいよー!

「乱馬君、この前の貸し、いくらだったかしら?
わたしの頼みをきいてくれたら、ちゃらにしてあげてもいいわよ。」

くっ、痛いわ・・・。あとであかねから徴収しなくっちゃ。

「・・・俺には出来ねえ。他の奴をあたってくれ。」

な?!何をいってんのよ、こいつ・・・っ!!?

ぱんっ!
なびきの平手が乱馬の頬を打った。
怒りと悲しみに満ちた眼差しで、なびきは乱馬を見つめる。

「あんたねえっ!わかってんの?!あかねがピンチなのよ?!許婚のあんたが助けなくて
どうすんのよっ!!」

黙り込む乱馬になびきはなおも続ける。

「いい?!あかねにはあんたが必要なのよ。あんたじゃなきゃだめなのっ!!」

乱馬は、母親に叱られた子供のようにうつむいた。
そして、ふと顔を上げ、泣きそうな目をしながら、なびきを見つめる。

「なびき・・・。お、俺、あかねの傍にいたら・・・。」

乱馬は真っ赤だ。
なびきはと笑って、乱馬の胸をこぶしでぽんと叩いた。

「種を蒔いたのはあかねなんだから、乱馬君がそう深刻に考えることないわよ。
一番迷惑しているのはあんたなんだから、ちょっとくらい役得があってもいいんじゃない?!」

乱馬は窓を飛び出していった。
なーんだ。ずいぶん嬉しそうじゃないの・・・。
なびきは準備しておいたカメラを引き出しにしまった。

ごめんねー、あかね。言っちゃったわ。
だから、今日は写真は勘弁してあげるね。

あかねが目を開けると、病院の天井が見えた。
泣きつかれて、眠ってしまったらしい。
あかねはもう一度目を閉じた。

わたしは馬鹿だ。
欲張って、ものに頼ったりするから、こんなことになっちゃったんだ。
自業自得よね。

また涙がにじんでくる。

東風先生の言ったことが本当なら、乱馬だったら、この弁天胸帯を外せる・・・かもしれない。
でも、乱馬にそのことを知られてしまったら・・・。
そして、外れてしまったら・・・わたし・・・どうしたらいいの・・・。

「よお。目が覚めたみてーだな。」

あかねは驚いて飛び起きる。
部屋の隅に、乱馬が立っていた。
女の姿で。

「い、いつからそこにいたの。」
「ん。お前が目を覚ますちょっと前から。」

そう言って、乱馬が近づいてきた。

「な、何しに来たのよっ!?」

あかねはそう言ってしまったことを後悔した。
そうしてベッドの上で後ずさりする。

「呪いのブラジャーとやらを、外しにきてやったんだよ。」

らんまはにこりと笑った。
しかし、あかねはらんまの目が笑っていないことに気づいていた。

「そ、そうだ。と、東風先生はどこ?!」

あかねはベッドから抜け出そうとしたが、らんまに遮られる。

「回診に行くって言ってたぜ。帰りは遅くなるってよ。」

そう言ってらんまは窓の外を眺めた。
と、いうことは・・・今ここにいるのはわたしと乱馬のふたりだけ・・・??!
あかねの背筋を冷や汗が落ちる。

「それじゃあ、さっさとすましちまおうぜ。」
「えっ!?」
「上、脱げよ。ブラジャー外せねえだろ。」

なっ!ななななな・・・っっ??!

「なに言ってるのよ?!この痴漢!!」

両腕で身を守り、真っ赤になってあかねは叫んだ。
いつもなら動揺する乱馬だったが、平然とベッドに腰掛ける。

「俺じゃなきゃ、外せねえんだろ。だったら仕方ねえじゃねえか。」

あかねはびくっと身を震わせた。
大きく見開かれた瞳。しかし焦点は定まっていない。
そんな彼女の頬にそっと手を添え、らんまはじっとその瞳を見つめた。

「それとも、東風先生には見せられても、俺には見せられねえっていうのか・・・?」
「・・・乱馬。」

あかねは悲しそうに自分を見つめる瞳に、引き込まれそうな感覚を覚えた。
身体から力が抜けていく。

ううん、そんなことないよ・・・。

彼女は微笑を彼に向けた。

「東風先生、二人っきりにしていいわけ?」

公園のベンチで、医学書を読んでいる東風になびきが訊ねる。
ページにしおりをはさむと、東風は夕焼けを見つめる。

弁天胸帯は現代でいう、勝負下着のようなもの。
倦怠期の夫婦には、相手に新たな魅力を感じさせることにより夫婦仲を修復し、
結婚前のカップルには女性の魅力を増幅させることにより、相手の決断を促す。
ただし、無差別に効果が現れるため、二人きりでいるときに使用するのが望ましい。
また、その効果は相手が自分に魅力を感じている割合に比例するため、
もともと魅せられている者ほど、効果が現れやすい・・・。

「なるほどねー。だから乱馬君は・・・。」

なびきはくすくす笑う。

「でもさー。どうしてあかねに外せないわけ?」

東風は苦笑しながら思う。

弁天織物を身に着けていた女は、五年間、彼以外の男を寄せ付けなかった。
身を引いた後も、無意識のうちに彼を一途に待ちつづけていたのかもしれない。
そんな想いが、自分の愛するひと以外には外せない心の鍵のようなものが、
乗り移っているのかも知れないな・・・。

「さて、ね・・・。」

わかったような、わからないような東風の返答に、なびきは首を傾げた。

「大丈夫だよ。弁天胸帯は本来、腰巻とセットで使用するものらしいんだ。」

そう言って笑う東風を横目でちらりと見ると、なびきはため息をついた。

『せんせ、みんながみんな上から順番にいくとは限らないのよ・・・。』

「乱馬のすけべっ!」
「なんだとー!?お前が全然脱ぐ気配がねーから、脱がしてやろうかって訊いただけじゃねーかっ!」
「じ、自分で脱げるわよっ・・・。そ、その目止めてよねっ!変態っ!!」
「ば、ばかやろー!これが普通なんだよっ!」
「女の格好でそんな目するの止めなさいって言ってるのよ!」
「だ、だれのために女の格好してやってると・・・。」
「・・・。」
「・・・・・・・。」

「あかね・・・。取れねえ・・・。」
「えぇっ?!な、なんでー???!」
「やっぱり、男に戻らないとだめなんかな・・・。」

ええぇーっ?!そ、そんなの、いやああああぁぁぁ・・・・。

その後、なんとか弁天胸帯は外れ、行商人に返されたそうです。





(終わり)

Author おじゃましまうま


X おじゃましまうまさま Comment

 最初はあかねの胸が大きくなるブラジャーという設定で
書き始めたのですが、なぜかこんな展開に・・・。
いいかげんな商人を書くはずが、なぜかいいひとになって、
それでおちまで変わってしまったのです(T_T)
 あかねの魅力が上昇による混乱を書ききれていないし、
最後の方ももっと詳しく書きたかったけど、なんか危険領域
に入ってしまいそうだったし(^_^;)
 似たような小説がありましたら、ごめんなさいです。

X torino Comment
題名からして、湧き立つ期待!読み進めるごとにのめり込む、確かな設定!
読み終わった後の充実感は、期待を遥かに超えるものでした!最高楽しい!
過去にあった切ない恋のお話や、登場人物が入り乱れるのに、この読み易さ!
筋の通ったドラマの中に笑いがあって、涙があって、バトル(バスト)あって、らぶがある!
暗くなりがちな過去の題材が、現代の明るく楽しいノリへとの変化。すっごく嬉しいっす!
そしてあかねちゃんが、くぅわわい(可愛い)ー!かすみさんに頼む下りなど、堪らんっす!
あえてあまり全面に出ない乱馬の心情が、嬉しい妄想への拍車を掛けるです!
最初にある三行だけの乱馬の描写に、憐れ・・・と思いつつ、大笑いのワシ(悪魔じゃ)。
そりゃもー凄まじい色気が迸っているであろう。可愛いあかねちゃん+弁天胸帯。最強っす!
作者様コメントでもある「最後に詳しく・・・危険領域」とのお言葉。嗚呼・・入って下され〜・・!
読み応えのあるお話で、その上、色々な想像の余地を残され・・楽しかったっす!堪らんっす!
おじゃましまうまさま。素晴らしい(+妄想爆裂)お話。Soul。ありがとうございました!

一部改行などを変更修正させて頂きました。事後になりまして申し訳ありません。


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