フランス旅行




ワインにはまりだしたのは1999年(平成11年)春ころであろう。
最初にエチケット(ワインに貼ってあるラベル)をはがしてくれたのが、
東京のフレンチレストラン「アンフォール」で1999年4月25日という記載がある。
記憶ではこのころワインに興味を持ち出したと思う。
ちなみにアンフォールで供されたこのときのワインは
コートドブルク地区のシャトーロックドカンプ92(レストランで8000円くらい)であった。
今でこそ名前を聞くようになったが、当時は名酒辞典にも載っていない無名のワインだった。
菊地シェフの目利きであろうか。ここの6500円のコースを頼んだのだが、おいしかった。
雲丹と人参のムースがここのオードブルであるが、絶品である。
しかし、このアンフォールには菊地シェフはもういない。ル・ブルギニョンというお店をオーナーとしてオープンしたからである。
すごい人気だそうであるが、むべかるかなといった感じで、ぜひ行きたいと思っている。

さて、それからフランスに行くまでに1年。すごい出世である。
この旅はヴィノテーク(有坂芙美子さん主催)が主催するボルドーブルゴーニュの旅である。
23人のツアーメンバーはワイン関係者ばかり(ワイナリーの工場長、ソムリエ、ワイン販売店主、ワインスクールの先生等)。
素人は私を含め3人ほどだった。

2000・3・19 エールフランスにてパリへ。
12時間も飛行機に乗るのは初めてですこしどきどきする。
隣の席は杉岡さんというソムリーエール。
酔っ払いの会話をしながら機内でバシバシ、シャンパンのキャミボトル(4分の1)を開けていく。
結構飲んだ。シャルルドゴール空港につき飛行機でボルドー空港へ。ボルドー空港からバスでホテルに。
ボルドーの郊外をバスで走ったのだが、平家建てが多く、石造りの1階建ての家が多く異国の街だと衝撃を受ける。


夜遅かったので一応のメンバー自己紹介と、サラダとシャンパンくらいで遅めの夕食をすました。
3・20 サンテミリオンへ。 
すばらしい天気。バスでサンテミリオンの街へ。
サンテミリオンは古典的な城壁や石造りの坂などある風情のある街である。観光としてもお勧めしたい。


サンテミリオンの石畳の坂

Ch.キャノン・ラ・ガフリエールへ。
 畑の説明から。面積や植付け比率などの説明を受けた。
シンデレラワインであるラモンドット、手ごろでおいしくてパーカーポイントが高いシャトーデギュイルと系列ワイン。
テイスティングしたワイン。
キャノン・ラ・ガフリエール96 現場での初めてのテイスティングということで感激。
キャノン・ラ・ガフリエール98
工場の説明にあった「除梗」って何ですかと有坂さんに質問。これまで読んだ本に説明がなくて気になっていた言葉であった。
葡萄を搾る際茎をのぞくこととの説明。基本用語であるのに恥ずかしい。しかし聞かぬは一生の恥である。


昼飯はサンテミリオンの エンバーデュデコールというレストランで。135フラン。
前菜は トリュフとサーモンのテリーヌ、シブレットソース
主菜は、鶏肉のバルサミコ風
デザートは ヌガーグラッセのアイスクリーム
コーヒー
ワインはサンテミリオンのワイン。Ch.スータール 1994
現地で飲むワインはおいしい。
フランスでの食事は発泡性のミネラルか、通常のミネラルかを選ぶ。
水道水というのはお目にかからなかった。
フランスでは食卓にチーズがあるのがよいおもてなし。
したがって、大体の食事にはチーズがつく。

午後、最近昇格したシャトー・アンジェリスへ。
アンジェリス95をテイスティング。ものすごい凝縮感。昇格しただけはある。
ガフリエールもすごくおいしかったが、ちょっと風格の違う感じ。



アンジェリスの共同経営者と記念撮影

その後、ポムロムに向かう。ポムロムといえばメルロー。ペトリュス。
ペトリュスの畑で休憩。整然としたきれいな畑と有名なマダムルパの銅像の前で記念撮影。
プレゼント用に畑の石を拾う。これは同行した遠藤さんのアイデア。プレゼントすると喜ばれるとか。



ペトリュスの前オーナー、マダム・ルパの像の前で記念撮影



petrusの畑 霜を避けるためのストーブが用意されている。

夜 ミシュラン一つ星レストラン ヴューボルドーへ。
ミシュランの星つきレストランというのは、初めて。レストラン業界の頂点の一角を占めるレストランということで楽しみ。
フランスの夜ご飯は8時から。そして、このような1流のレストランでは12時過ぎるまでは返さないぞという心意気である。
有坂さん、江崎さん(名古屋のワイン専門酒店の大御所)、長谷川先生(憲法9条で有名な長谷川博士の息子さん)と同じテーブル、
皆さん会話がものすごく豊富な話題で、これぞフレンチの食事という雰囲気である。
有坂さんもホスト精神なのだろうか、主催としてかなり気を使っていると思うが、さすがである。
レストランではこれでもかというくらいいろいろ出てくる。これで700フランだったと思う。
メニューは次のとおり。
鵞鳥のリエット
フォアグラのソテーと半熟卵のトリュフソース(絶品)
八目ウナギの赤ワイン煮(ボルドー地方の名物)
帆立貝のソテー すっぱめの野菜添え
鳩のロティ 手打ちパスタ添え
デザート前のデザート
 ライスのデザート
 クレームブリュレ
 ムースのイチゴソース
フロマンジュ 卵白ムース
小菓子の盛り合わせ
フロマージュ
コーヒー、小菓子

飲んだワイン
シャンパン ブリクー ノンヴィンテージ
赤シャトードフランス96
赤コスディストールネル81 日本円にして5000円くらいだったと思う。安すぎる。
赤ラ・ドミニク94


3月21日 今回のメインシャトーマルゴー訪問。

 シャトーマルゴー


蔵の見学。古いワインが並んでいる。1800年代のワインから、ほこりにまみれ横たわっている。


管理人の生まれ年のワインたち

そしていよいよヴァーティカルテイスティングへ。



マルゴーのテイスティング会場
テイスティング
シャトー・マルゴー1999
フルーティーでまだ軽い味わいのバランスがよいというのが私の残されたコメント。
こんな出来立てのワインなのにもうおいしく飲めるというのは衝撃的。
シャトー・マルゴー 1998
タンニン強い。やや内向的。飲み頃までに10年かかるとのこと。
パヴィヨン・ルージュ1995
やはりグランヴァンに比べると凝縮度は薄い。これ単体で飲めばおいしいのだが。
シャトー・マルゴー 1996
最高のヴィンテージのマルゴー。それゆえ通常若すぎて飲めないのだが、すでにおいしく飲める。
昔みたいにかなり熟成しないと飲めないというタイプではなく、ボルドー全体に若飲みができる傾向のようである。
シャトー・マルゴー1995
この年もいい年。ここらへんはおいしくてコメントもなしに感動していたのだと思う。ポンタリエ氏のコメントはあるが、私のコメントがあまりない。
シャトー・マルゴー 1994
酸味が強く、タンニンが強い。閉じきっているという説明だった。
シャトー・マルゴー1990
この年も最高の年と言われる。
私が最高のボルドーのときに感じる「チーズの香り」がある(この形容については、悲しいことに誰も賛同してくれないが・・・)。
89.90は双子のような年だそうである。今後50年間は持つだろうという。フルーティーと評価される。
シャトー・マルゴー1989
まろやかでバランスがよい。
シャトー・マルゴー 1986
やっとカギを開け始めた状態。長寿型だそう。
シャトー・マルゴー1985
いつも飲みやすいワイン。この年もフルーティーだそう。
シャトー・マルゴー1983
コメントが残されていない。ここまで多くのヴィンテージをテイスティングしたので疲れてきている。
しかし、これが一番おいしかったという評価は多い。

テイスティングの途中テイスティングコメントを求められる。
ワイン歴1年であるが、渡仏前に生年のマルゴー1960を飲んできたので、それとの比較で話をする。恥ずかしい限り。

ランチ 

パヴィヨンブラン98
食事の前のアペリティフとして。
パヴィヨンブラン89
スタッフによるとブランの最高傑作がこれだそう。
シャトー・マルゴー 1982
食事中に供されたワイン。グレートヴィンテージが飲み放題。
シャトー・マルゴー1961
食事ではチーズと合わせるために供されたワイン。マグナム。以前飲んだ60のマルゴーとは色が比べ物にならないくらい若々しい。
まだ紫が残っている感じもする。

いよいよ食事である。ここはミシュラン4つ星などと冗談めかして言われるほどすごいおいしいと評判である。
マダム、ポンタリエ氏その他、2名ほどのメンバーが各テーブルに別れ、接待してくれる。


醸造責任者のポンタリエ氏、有坂さんと記念撮影


ランチは

前菜がナスとオマールえび


さやえんどうとアスパラのソティー


メインの子羊 くさみがなくうまい。

チーズはコンテを選択。
デザート

食中酒として供された82,61


マルゴー御殿の玄関で記念撮影

お土産用に畑の石を拾い、マルゴーとお別れするのを惜しみながらボルドー街道を北上。

マルゴーの畑。3月ということで、枝の先から樹液が流れだしている。

サンジュリアンではレオヴィルラスカーズの門、ポイヤックに入っては
遠くにシャトーラトゥールの塔。ムートンやラフィットも見え隠れする。
サンテステフまでやって来た。
コスでは門の写真を撮ってくる。
有坂さんが私が87のコスで目覚めたという話を覚えていてくれ、アポをとってくれようとしたが責任者不在であったようでダメだった。



有名なコスのお城の門。

ムートンに戻り、お土産を買う。
エチケットのポスターや絵葉書を買った。その後レストランが開く8時まで、ポイヤックの村を散歩。結構疲れた。
夜はついに二つ星。コルディアンバージュ。ここには神風ソムリエの石塚氏がいる。
メインはスキャンピか子羊のチョイス。
二つ星、しかも子羊の本場ポイヤックであるから子羊と行きたいところだが、昼間食べているので、スキャンピを選択。
昼間マルゴーではしゃぎすぎたようで、疲れで食欲ゼロ。すずきのグリル、デザートと続くがイマイチ食べられない。もったいなさすぎ。
ワインは
ルイーズポメリー82マグナム 絹のようなシャンパン。すごくおいしかった。
ドメーヌドシュバリエ89 少し樽香が強い。
ブラインドでシャトークリネ85マグナム。みんないろいろと言うが、メルローが当たり。
昼間マルゴーだったのでメドックはやめておこうというチョイスとのこと。
最後もブラインドでレイヌヴィニョー33。ほとんど茶褐色。香り的に貴腐ワインだと思ったが、なんかひねってあるかとも思った。
シェリーの古いものかと思ったが、ぜんぜんはずれ。まぎれもない70年近く経った貴腐ワイン。
参加した各メンバーのコネもあって、こんなすごいワインたちを出してくれたのだと思う。少しずつしか飲めず、残念。

3月22日飛行機でリヨンへ。
リヨンで昔の競技場を見学して、北上。まずはローヌ地方から。
昼ご飯はエルミタージュにあるパヴィヨン・ドゥ・エルミタージュというレストラン。
サーモンのバジリコ風。
エスカルゴの・・・
チーズ
シトロンムース
赤ワイン ?名前を忘れたがクローズエルミタージュのワインを飲んだ。

いよいよシャプティエへ。設備的にはちょっと古めかしい。まず畑を見てから、醸造工場を見て、テイスティング。
エルミタージュ"シャント・アルエット" 1997
エルミタージュ"ド・ロレー" 1997
コート・ロティ 1997、シャプティエ
エルミタージュ" モニエ・ド・ラ・シセランヌ" 1997
エルミタージュ"ル・メアル" 1997
エルミタージュ"ル・パヴィヨン" 1997
エルミタージュ"エルミット" 1997
エルミットには感心した。太河の成人式用に買って帰る。案内をしてもらったかわいいステファニーにサインをしてもらう。
20年後どうなっているだろうか。エルミットの在庫はほとんどなく、ツアーの人たちで買い占めてしまった。

この夜なにを食べたかの記憶はない。疲れて眠ってしまったのだろう。

3月23日
今日はまずローヌ地方のもう一方の雄ギガルへ。
ハイテクでロボットが操作をする工場システムが完備している。後継ぎらしき青年が説明してくれる。
コンドリュー 1998 白 フルティーアンドフレッシュ 開いている
コンドリュー"ドリアンヌ"1998 白 樽香少々、複雑な味わい、まだ閉じぎみ
コート・ロティ・ブロン・エ・ブリュン 1996 渋すぎて飲めない?
コート・ロティ 1996、シャトー・ダンピュイ まずまずバランスがよい
コート・ロティ"ムーリンヌ" 1996 いよいよムーリンヌ まろやかですでに十分なバランス
コート・ロティ "ラ・トゥルク" 1997(樽) 同じく。もう飲める。
他のシャトーに比べて樽に入れてある期間が長い。2001年3月瓶つめ予定ということ。
 
ギガルを後にいよいよ高速道路でブルゴーニュへ。
今日はボーヌに泊まりだ。



ボーヌの街並み


夕方オテルデューの見学。ここで有名なオークション「オスピスドボーヌ」が開かれる。



オテルデューの中庭で。

有坂さんや江崎さんはビューボルドーでのディナーの際しきりにご祝儀だからいつか樽で落札するように薦めてくれた。

3月24日
今日からいよいよ今回のメイン
グランジュール・ド・ブルゴーニュ
まずはコルトンの村から。コルトンだけで57つのドメーヌが参加している、
マイポイントで5点がついているのはラリュールピオという無名のドメーヌ。マルトレーは3点台。
他ではジョセフドルーアン、ミッシェルジュロといったところの評価が高い4点台)。
生真面目にほとんどのドメーヌを回った。ものすごく込み合っていた。
日本人グループも多く、ここで弁護士の山本博先生にもお会いした。雑誌等の有名人であったため同業ということで挨拶をさせていただいた。
東京の法曹ワイン会というのがあるので参加したらということ、山梨にはよくきていらっしゃることなど話していただいた。
午後は、ポマールとヴォルネイへ。
ヴォルネイ(赤ワイン)はすごくタニック。渋くて飲めない。ダンジュルヴィルのみ高い評価が残っている。
その後歩いてポマールヘ。ブルゴーニュの田舎道をテクテク歩いているとのどかである。
ヴォルネイはポマールに比べてまろやかである。
しかし時間がほとんどなく、また疲れていたので、
ここではグラス集め(グランジュールの期間中グラスのサービスがある)にまい進していた
(お土産にしようと、人が使い終わったグラスをかすめたのである)。
ここら辺から疲労防止にボーヌのお城の周りを一周するジョギングを始めた(20分くらい)。
ここらへんは田舎で治安は良い感じでおかげさまで体調は整っていく。

3月25日午前中赤ワインのメッカ、コートドニュイを一回りする。この日は1日アカデミーデュバンの奥山先生
(川島なお美の恩師の先生)がバスガイドとして様々な説明をしてくれ、とても勉強になった。
有名なロマネコンティの畑で記念撮影をしたり、お約束の石を拾ったりした。



コルトンの丘



ブルゴーニュ騎士団の勲章であるシュバリエ・ド・タストヴァン
  の記念式典が行われる会場



ロマネコンティの畑。有名な十字架の下で。
Domaine de la Romanee-Conti

他にもシュバリエドタストバンの会場を見学したりした。
午後はムルソー村でグランジュール。


ムルソーでのティスティング会場の様子。

コシュデリは出品していたのだが、テイスティングしたかどうか記憶にない。
ワイン歴1年のなせる技であるが、先入観がなくてよかったかもしれない。
丸がついているのはパトリックジャビリエ、ラトゥールギロー(二重マル)、シャトードムルソー、ピエールモレ、ロピトーフレールス、
ガイボカード、ボイヤーマルトノーのぺリエール、ミッシェルブーズロー、ドメーヌカイロといったところ。
コントラフォンはブース自体はあったが、出展しなかった模様。
ムルソーからの帰りに、ピュリニーモンラッシュの畑。シュバリエモンラッシェに行く。
ル・モンラッシェの畑を見たりするが、DRCのモンラッシェの畑がどこなのか結局わからずじまいだった。


ピュリニーモンラッシェ村への道標

26日 バスでパリへ。
オルセー美術館見学。本物のピカソやモネなどたくさん見ることができた。膨大な量で駆け足で見ても最低2〜3時間はかかる。
夜は仲間とパリの最後の夜を楽しむ。パリのワインバーへ行く。
他のメンバーはムーランルージュに行ったり、知人と会ったり、いろいろ。
飲んだワインは
シャトー・デュアール・ミロン 1985
シャトー・ラトゥール 1981
シャトー・ラフルール・ペトリュス 1994(その店のソムリエのおすすめだった。すごくおいしい。おすすめには従うものである。)
最後に、カルヴァドスでしめる。

27日 パリで自由行動 おつきあいで1日ショッピング。バカラで嫁さんのブローチと自分のディジェフティフ用のグラスを買った。
ルーブル美術館を見たかった。
28日 帰国 飛行機のなかでは例によってシャンパンに浸る。が帰りは疲れもあり、かなり寝た。

ずいぶんとすごいツアーでワインに対しても見方が変わったことは間違いない。
いまだに長い余韻に浸っている。良い趣味は一生の友であり、今後も細く長く続けたい。 終わり