山口ひろみ『知床番屋』

日本列島に爽快演歌の風が吹き抜ける。
5作目で大飛躍チャンスの『知床番屋』。

 『知床番屋』を聴く。聴き終わって“お見事”と膝を打った。単に“リズム演歌”では収まらぬ威勢の良さ。そのロングトーンが魅力的なのは声の艶、張りのみでなく、そこに飛び切りの歯切れ良さもあるからだろう。磨き込まれた節まわし、抑え込んだ歌唱に快感ビブラート、多彩な声の表情…。アップテンポのなかに、それらが小気味よくちりばめられている。 4分40秒。
 ワッといい風が吹き抜けたようで、繰り返し聴きたくなって来る。それが有線やヒットチャートに反映されている。 4年・5作目でポンッと檜舞台に躍り出て、本人もいささか戸惑い気味…。
 母と叔母が「賀茂川かもめ・ちどり」と名乗った歌謡漫談姉妹。代々の芸人家系。今、その血に大輪の花が咲こうとしている。今年七回忌を迎えた亡き母が、天国から微笑んでいる…。
「私は母が43歳の時の子。すでに母は引退していて、その歌謡漫談は聴いていないんです。在所は大阪市の天下茶屋。鍵も必要ない下町人情の濃い町」
 戦後は関西芸能人の多くが住んでいた町。そんな環境の中で小4から約10年間、民謡を習った。
「近所の天麩羅屋のオジさんが民謡を教えてくれました」
 場所柄、オジさんも昔は鳴らした芸人だったに違いない。
「小6 年から中3までは、地元の少年少女合唱団に入っていました」
 民謡と発声・歌唱が違う合唱団…これが彼女の音楽ルーツ。その後に北島三郎の内弟子に。約 2年間レッスンなし…。
「ある日、ふとしたキッカケで北島先生の猛特訓が始まりました」
 民謡でも合唱でもなく、演歌歌唱を徹底的に仕込まれたという。
「ちょっと臭い、良く言えば存在感ある歌唱。夕方から始まって、時に白々と夜が明けるまでの厳しい教えでした。何度も泣きましたが、今思えばありがたいことです」
 声質も歌唱も北島三郎仕込み。
「根性も仕込んで下さいました」
 この時代、こんなに厳しい歌唱訓練を経た歌手は、他にいない。
「でも先生はテイチクに私を預けた後は一切口を出しません」
9月21日発売のセカンドアルバム『ひろみの一世一代』にはこれまでのシングル4曲も収録。そして新曲もここからのカット。 4年前の『いぶし銀』と新曲を聴き比べてみる。題名は“いぶし銀”だが、その力いっぱいの歌唱の声はまだ若い。それに比し 30歳の録音『知床番屋』の声には艶や錆味が出ていて、味わい深さが一段と増している。かくして迎えた飛躍のチャンス。師はこうアドバイスした。
「大ホールの後ろの席の方に届くよう唄いなさい」
 力唱せよではなく、そうしたスターの磁力をそろそろ身に付けなさい、ということなのだろう。

『知床番屋』
11月23日発売
作詞:木下龍太郎
作曲:岡千秋
編曲:南郷達也


山口ひろみ『ひだまり坂』

5周年記念曲は本格派の扉を開けた大事な唄。
従来の若さ・元気に…“大人の艶”を加えた新境地!

 新曲を聴いて、ウムムッと思った。若さ&パワーで走ってきた従来の山口ひろみが、じっくりと女房の情愛を唄っている。初の“先生”原譲二メロディー。
「もう得意な分野は放っておいてもいいだろう。5周年の今こそ未開発の分野に挑戦を…と先生。社長(奥様の大野雅子氏)もプロデュースに参加で、今までの男性目線の応援歌から、今度は女性の応援歌がいいでしょう…とこの詞を選んで下さいました」
 最初は“泣き歌唱”で唄ってみたが、それでは他の女性歌手と同じ。そこで…
「今までの元気に、女性の艶をミックスする感じに挑戦したのがこの歌唱です。最初の2行は女性らしくしっとり、4行目の先生ならではのメロディーでポーンと元気に、 6行目からは再びじっくりと夫婦の夢を描いて…」
 レコーディングでは先生より一語一語の解釈、それらをどう歌唱表現すべきかが厳しく問われ、指導されたと言う。いかに一語ずつ“粒立ち”させるか…。
「改めて“歌唱とは”を考えさせられました。いよいよ歌手として本格的な領域、奥深い表現への挑戦です。幸い尽くすでもなく尽くされるでもなく、一緒に歩いて行こうという私と同じタイプの女性詞で、感情移入もスムーズでした」
 ♪つらい時には いつだって
  貸してあげます この膝を〜
「社長はこの2番の詞が好き。先生を支えてきた奥様ならではですが、これはまた日本の女性のほとんどがそうやって夫を支えてきたのだから、カラオケ女性層の共感を広げることになるでしょう、ともおっしゃった。私も今は 3歳。大人の女の歌を唄う年代になってきたんですね」
 カップリング『春は二度来る、三度来る』は表題制作陣と同じも、こちらはチンドンの音頭楽曲。得意かと思いきや…
「いや、ここまでノー天気な楽曲は初めてで、それは大変でした」
 その意では両曲共に初挑戦。またステージング面では前作の時に“後部席まで届くように唄いなさい”の宿題を課せられ、今度は遠くの席の方々と言葉のキャッチボールができるように唄いなさい、の新たな課題が与えられたとか。これらは声量を大きくという単純なことではなく、“声芸の力”に及ぶこと。こう語る彼女の表情もキリッと大人の歌手の顔になってきた。

『ひだまり坂』
06年7月26日発売
作詞:麻こよみ
作曲:原 譲二
編曲:南郷達也



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