鳥羽一郎 『母の磯笛』

ここに満ちる“男の声”は余りに貴重な存在。
夢を求めて生きてきた男のひとり酒。
望郷と人生述懐のほろ苦さ…


 今年、25周年。その記念シングルが1月11日発売『母の磯笛』。ワッと広がる逞しき男の歌声。まろやかにして野太く、どこか荒々しさも秘める。女性演歌陣の活躍、男性演歌陣も女唄、 J-POPもファルセット全盛…。そんなシーンにあって鳥羽一郎の“男の声”がズシリッと胸に響き渡ります。
 素晴らしい楽曲だ。ジーンと胸が熱くなる。それを紹介する前に、まずは“うゎ、久しぶりに聴く男の声だなぁ!”と感激の、その魅力について書かねばなるまい。
 男性歌手が“女唄”を唄う。アイドル的愛嬌を身に付けた若手歌手もいる。 J−POPは男女共にファルセット全盛。音楽だけではなくタレント、アナウンサー、俳優…テレビから洪水のように流れる男たちの声は、押し並べて“あたりの優しい”声ばかり…。鳥羽一郎が発する“男の声”が、かくも貴重なものと改めて認識です。だからと言ってダミ声ではない。基調はあくまでも中低音のまろやかさ。声量もある。そこに野太さや荒々しさが秘められている。鳥羽にそれを言うと…
「俺にはその辺の意識はまるでないんだ。どんな楽曲でも俺は“素”のままで唄っているだけだから…」
 歌手は声が勝負。意識しないワケがない。褒めればテレて話題を逸らすのも彼ならではだろう。
 さて25周年シングル『母の磯笛』…。故郷を後に夢を追って生きてきた男が、ひとり酒を呑む時の望郷と人生述懐の歌 聴き応え充分で、いい絵も浮かんで来る。
「自分でねぇ、作詞家・作曲家の先生に逢いに行って、こんな歌を唄ってみたいんだ、と自分の想いの丈を説明したんですよ。五十歳を過ぎて故郷が恋しくなったが、帰りたくてもまだ帰れない。もう少し人生に挑戦してみようかっていう男の気持ちだね」
♪夢砂漠 のぞみ破れて
 独り注ぐ 酒のにがさよ
 鳥羽一郎、昭和 27年生まれ。50代半ばの団塊世代。今の若者たちのことはよくわからぬが、彼らの世代は郷愁を胸に秘め、都会の誘惑や闇を横目に叶わぬ大きな夢に向って人生を闘ってきた。鳥羽は歌手で成功したが、その辺のことは我が身のようにわかっている。遠洋漁業 5年。
 板前などの修業をしながら歌手への夢を追った。厳しかったに違いない船村徹の内弟子時代もあった。そして今ふと思う。夢を追い求めた闘いは何だったのだろうかと…。
♪わびしさに 瞼とじれば
 ひたひたと こころ揺らして
 沁みわたる 母の磯笛
「海女たち(母たち)が海の底からグワ〜ッと上がってきて、息をいっぱいに吸い込む。そして吐いた時に喉の奥からヒュ〜と笛のような音がするんですよ。海女さんが何十人も潜っている時なんか、その音が山にぶつかってこだまして聴こえてきます」
 メロディー最後に「ブンガワン・ソロ」があって郷愁を増している。夢を追って生きてきた男たちの挽歌、鎮魂歌。またそれは人生の応援歌。
「同世代や先輩方から“鳥羽の歌を聴いて明日も頑張ろうと思いました”という手紙をもらったりしますと“あぁ、歌を唄って来て良かったなぁ”と思います」
 鳥羽の不器用だが一本気な男気は、漁船海難遺児育英会への寄金に反映されている。毎年 3回開催のチャリティー・コンサートは、来る5月14日の京都・西舞鶴港で通算 80回目になる。昨年末には農林水産省より5回目の紺綬褒章を受賞。
 また昨年12月8日(開戦の日)リリースのアルバム『平和への伝言〜戦場からの手紙』も鳥羽ならではのもの。
「僕も戦争を知らない世代だけれども、十年ほど前から彼らが飛び立った鹿児島・知覧に足を運んでいます。俺たち世代が語り継がなければいけないと思った。戦争で散った若い青年たちの礎の上に、今の平和な日本はあるんだと、若い人達に伝えられたらな、と思います」
 同アルバムの音楽プロデュースは宇崎竜童。歌は1曲『若桜』(阿木耀子作詞・宇崎竜童作曲)のみ収録で、他は特攻隊員の若くして散った 22名の遺書朗読…。 姿勢を正して聴きつつ落涙止まぬ入魂の朗読。ぜひ皆様に聴いていただきたいアルバム。鶴田浩二彷彿の慟哭誘う、それは見事な朗読を披露した鳥羽一郎だが、劇場の芝居は…
「どうも好きになれない。苦手だな」
6月2日〜26日の中日劇場が決定。共演は香西かおり。演目は“人情時代劇”の予定だという。
 また鳥羽一郎の新たなライフワークとも言うべきアルバム『時代の歌』シリーズは、昨年 6月に宇崎竜童をプロデューサーに迎えて3作目までリリース。
「唄いたい昭和歌謡曲の名曲の数々がレコード会社の分厚い壁に阻まれて、なかなか唄えないんだ。これとて今の僕たちが唄い継がないと、もう忘れ去られるだろうに、それでも抱えられたままなんだ。せめて5作までは続けたいのだが…」
 優しかった鳥羽の語り口調が一瞬、険しくなった。

<歌唱アドバイス>気持ちが入り過ぎると、郷愁っぽい感じが出なくなりましから。余り力まずさり気なく唄って下さい。年代にふさわしい歌唱で…。

●デビュー25周年について:よくここまで頑張って来れたなぁと思いますが、支えて下さった皆様のお陰。これから 30年、40年あるワケですから通過点と思っています。●9月に25周年リサイタルを予定。

『母の磯笛』
06年1月11日発売
作詞:吉田旺
作曲:浜圭介・Gesang Marto Hartono (BENGAWAN SOLO)
編曲:竜崎孝路



鳥羽一郎 『夫婦船』

07年8月号「ソングブック」掲載原稿

その野太い低音は演歌・歌謡界の“宝”です。
言葉のひとつ一つに魂を注ぎ込む…鳥羽歌唱に心揺さぶられます。
『兄弟船』『親子船』そして今…入魂の『夫婦船』


宇崎竜童とのコンビで、演歌とは違った新たな味わいも次々に展開。
大人の男の世界に、演歌・歌謡曲の明日も見えてくるようです。


入魂かつ多彩な喉遣いで、詞の世界が
浮き上がる。ますます円熟領域へ…。


 哀切なメロディーから大スケールのサウンドが広がって、鳥羽一郎の野太い“男声”が響き渡る。唄い出しに「海が」が三つ続く。最初の「海」が外洋の大波に誘い、二回目の「海」が腰を溜めた迫力の波で迫り、三度目の「海」が海原の広がりを展開…。言葉一つづつの入魂歌唱に、詞世界がパワフルに浮き上がってくる。喉の奥で響かせる。野太くタメる。量感ある波のように上へ下へうねる、言葉を前に吐き出す、巻き舌があり、高音の切れと哀切感、低音に甘さも滲む。題名は『夫婦船』だが登場するのは“形見の手ぬぐいひとつ”の詞も奥深い…。
 テレビで鳥羽一郎の歌唱表情アップを見ていると、歌の細部に亘って魂を注ごうとする気迫が伝わってくる。その真摯な姿に聴く側は思わず襟を正して聴きたくなってくる。新曲はそんな鳥羽の真骨頂発揮作…。
「いつまでも船村徹、星野哲郎の両巨匠に頼ってばかりはいられません。不安でしたが今までお付き合いのなかった新しい作家に創っていただいた。新鮮ないい歌に巡り合ったと思います。じっくりと唄って行きたく思っています」
 青森・大間のマグロ漁のテレビ・ドキュメンタリーに亡き妻の紫のマフラーを巻いた老漁師が登場する…。
「ヒントはそこから? と作詞家に訊けば“いや北海道から沖縄まで日本中に女房を亡くして男一人で頑張っている漁師が大勢いるはずです”と言った。僕は今 55歳。そんな一人船の心情がわかる年代です」
 デビュー曲が親父のかたみの『兄弟船』、親父と倅の『親子船』、そして『夫婦船』で3部作。スケソウ船『演歌船』で4部作完成か…。
「デビュー曲を改めて聴けば、一緒懸命に唄っていることに変わりはないが、呼吸法など歌唱法がずいぶんと変わってきている。歌創りも自分から新たな作家と飲み語るなどして出会いや縁を大事にするようになっています」

カップリング『裏と表のブルース』には
シビれるほど格好いい鳥羽がいる


 そうした成果のひとつだろう。カップリング『裏と表のブルース』はシビれるほどいい。あの太い低音を存分に響かせ、ちょっと巻き舌交じりの鳥羽ブルース。万城たかし作詞、宇崎竜童作曲。1番がトランペットと、2番がキーボードと、3番がエレキギターとセッション風に唄って、サビ最後の高音を切なく揺らしつつ抜く個所は鳥肌もの。
「これは昨年8月のアルバム『海と街と人生と』の収録曲。刑務所慰問の歌として創ったんです。一本の道を踏み外せばあっちが刑務所、こっちが娑婆ってこともありますからね。そして心に思うのはいつだって母への想い…と唄っています。皆さん、泣いて聴いて下さいます」
 刑務所慰問に限らず、通常ステージでも鳥羽ブルースに観客はシビれる。
「いい歌です。片面曲になってしまったけれどもぜひ世に出したかった…」
 若者の音楽にはない大人の男の味わい。“歌謡曲の成熟”とうれしくなってくる作品だ。

名曲アルバム『時代の歌W』と
8月1日〜15日の新歌舞伎座公演


 鳥羽一郎が人との出会いを大切にする…そのひとつの結晶が宇崎竜童と組んでリリースされている昭和名曲カヴァー集『時代の歌』だろう。今年 6月6日に「W」が発売。同シリーズは原曲を今風にアレンジで、鳥羽一郎の新たな魅力が発揮されていて興味が尽きない。
「音創りから演歌と全然違うんです。カラオケを創ってからの唄入れではなく、まずリズムを創って唄入れ。それから音を重ねて行くロックの創り方です。“俺らはみんなこうやっているから”で宇崎さん側の“郷に入って”やっていますが、とても勉強になります」
 聴けば“ちょいワルおやじ・鳥羽”がいる。8ビートあり4ビートあり。演歌ファンに限らず若い世代にも聴いて欲しい作品群。鳥羽自身のプロデュースだったら原曲忠実の継承仕事になったろうが、宇崎と組んだことで果敢な挑戦になった。ここから明日が見えてくるような気がしてきて、楽しいことこのうえない…。
 さて継承といえば8月1日〜15日の大阪・新歌舞伎座公演も見逃せない。一部の芝居演目は亡き榎本滋民の代表作「同期の桜」。これは一昨年 12月発売の鹿児島・知覧から飛び立った若き特攻隊員たちの遺書朗読アルバム『平和への伝言〜戦場からの手紙』に端を発しての公演。
「我々の世代には腹一杯のテーマだと思うが、ぜひ若い世代に観ていただきたく願っています」
 いえいえ、中高年とて“喉元過ぎれば熱さを忘れる”だらしない昨今です。繰り返してアピールしていただきたい。
「二部はナレーションから同アルバム唯一の楽曲『若桜』から歌のステージが開始されます」
 終戦記念日の15日が千穐秋。夏の忘れられない観劇になること必至。ぜひどうぞ…

『夫婦船』
07年8月3日発売
作詞:田久保真見
作曲:宮下健治
編曲:丸山雅仁

●アルバム『時代の歌W』の他に、5月9日にベストアルバム『海と大地の歌便り』もリリースされている。『沖田総司』『上り船』『天』『うなぎ登りの出世唄』が未発表曲。●鳥羽一郎の「漁船海難遺児漁港チャリティーコンサート」もこの 6月9日の北海道・南茅部町ステージで通算83回目。次回は月1日に宮城県女川で開催予定。入場無料で、募金に暖かい心をぜひどうぞ…。



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