●大島のタイワンザルは推定2000匹。台湾に次ぐ大繁殖…●

 島の北地区を車で走っていると眼前にサルが出現し、「オヨォ〜!」と驚かされることがままある。
 平成4年の3月23日の朝日新聞に、この野ザルのことが詳しく報じられているから、ここで紹介しよう。
 …大島町産業課によるとタイワンザルが島の北部、泉津地区の大島公園から逃げ出したのは戦時中の1942年(注:昭和17年、日本海軍がミッドウェー海戦で敗北し、関門トンネルが開通した年)ごろ。同公園で飼われていた数匹が脱走した。最初は公園付近にすんでいたが(昭和39年10月5日発行の「島の新聞」には
7、80頭と推定。当時、大島公園では餌付けでならそうと計画したものの、大島一周道路工事のハッパ音に驚いたサルどもは、ちりぢりになった山里に逃げ込んだ、と記されている)、数が増えるにつれていくつかの群れに分かれ、現在は推定500匹ほどが泉津を中心に島全域の山林に生息している。木の実などえさになるものが多いせいか、キヌサヤなど主要農作物に被害はでていない。が、サツマイモ、トウモロコシ、ソラマメなどを引き抜くいたずらが多い…。(都道で泉津地区を走ると道端の小さな畑がグリーンのネットで被われているのを目にするが、これはサル被害の自衛策)。
 …産業課では住民の申し入れで猟銃による駆除を計画したこともある。ところが、「サルは人間に似ているので撃ちたくない」とハンターが集まらず、計画は中止状態…。と記されている。これらサルを観光資源にというアイデアもあるそうだが、これはとんでもない。ひとたび餌付けしたりしたら、野生を失って餌付けと農作物の区別がなくなって、ますます「有害獣」化するのは自明。しまいには観光客の食い物まで奪い出す。
 2000年4月1日に「日光サル条例」が施行された。これは餌付け禁止条例で、野生を復活させて本来の山で生息させようという趣旨。大島のサルには、絶対に餌を与えてはいけません。ま、それにしても500匹とは困ったものです。このままでは殖える一方だろうし、これは超難問です。それにしてもリス、ツキノワグマと動物園初期のずさんな管理にあきれる。

 このまま殖える一方だろうし…と記して締め括った同文だが、平成14年(2002)9月9日の朝日新聞夕刊に驚くべき繁殖の報が載っていた。見出しは…「タイワンザル大繁殖 推定2千匹 生態系への影響懸念」。以下本文概要。
 …伊豆大島で野生のタイワンザルが1千匹を超え(最大2300匹と推定)、原産地の台湾以外ではおそらく最大の生息地となっていることが、上智大学生命科学研究所の乗越助教授らの調査で分かった。大島の環境に適応し、ニホンザルがいないため競合もなく、「楽園」を謳歌している。和歌山県のようなニポンザルとの交雑問題はないものの、農作物被害は深刻だ。(中略) 台湾だけに生息していたサルが大島で野生化したのは、戦前の40年ごろ、大島動物公園(現・都立大島公園)から台風で約20匹が逃げ出したことから。上智大大学院の佐伯真美さんらは00年11月から今年3月、タイワンザルの行動と痕跡、聞き取りや有害駆除記録調査の結果、三原山周辺を除く全島に46群が確認され、個体数は1150匹と推定。未確認の群れも考慮すると、最大で2300匹という。昨年の有害駆除は280匹。

 平成4年で推定500匹、平成14年で推定2000匹。ってことは平成24年で大島猿口が大島人口に匹敵するってワケだ。



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