●ストーブ編●

島のロッジに着いたら、まずは薪ストーブの火入れ。
真夏以外は…暖をとるとは別の意で、チロチロと燃える火が欠かせない。
見つめる対象として火が欲しい。火は人を惹きつけ、人は火に惹きつけられる。
火を見ていると、いつしか無心になる。

ロッジ建設に、ぜひ欲しかったストーブ。
迷わず焚き口の大きい型を選び、
焚き火ストーブと命名。

 島のロッジに着けば、まずは庭を仔細に見まわる。
「あら、フェンネルが背より伸びているわぁ、これを剪定してぇ〜」
「おい、グミの実がなっているぞ」
 などの草花育成チェックと、庭仕事の段取り。それからやっと鍵を開けてロッジに入る。すべての窓を開け放して空気の入れ替え。かかぁが掃除機をかけ始めたら、アタシが最初にするのは薪ストーブの火入れ。真夏を除いて、ストーブ遊びが止められない。まるでストーブを楽しむために離島暮しをしているようなもの。それほどに魅せられている。と言うわけで、まずは薪ストーブ物語から…。
 そもそもは週末大島通いを始める数年前のこと、息子のホームスティ先、ロス郊外のお宅を訊ね、英語と白人文化に格闘する息子の慰労に彼の好きなスキーを楽しむべく、両家揃ってレイクタホに出かけた。で、借りたロッジに薪ストーブがあったん。タコ入道みてぇ〜な白人主人と息子のソリが合わずに悩んでいたが、ストーブ前の夜の団欒で、二人が英語で笑い合っていて…
「ウム・ムッ、うまく行くかもしれないぞ」
 と、彼らの打ち解けた様子を背に感じつつ、アタシは次第に薪ストーブの魔力に取り憑かれていた。思えば、息子とほぼ同年代の頃に過ごした山の日々。あの頃は山に入れば焚き火で炊飯が決まっていて、さらに30代後半に始めたダイビングの海辺のキャンプで、山の経験生かして雨でもテッシュペーパー1枚で焚き火を熾し、仲間から「焚き火の天才」と称えられたことなどを思い出してついニヤニヤ。以来、薪ストーブへの憧れがくすぶっていたのでございますね。
 大島は東京と比して夏は数度涼しく、かつ潮風がそよぐ関係でクーラーいらず。冬は数度暖かく大した暖房設備も必要なしと聞いたが、ロッジ建設にあたって「待ってました」とばかりにストーブ導入を決めた。カタログを見て即、飛びついたのが円錐型の焚き口が大きく開いたストーブ。勝手に「焚き火ストーブ」と名付けて、以来7・8・9月を除いて焚き火ストーブがやめられない・止まらない。



煙突なしのストーブで暖をとったら、一寸先も見えない煙の充満。
破れかぶれの酒宴は、乱れに乱れて…

 薪ストーブは、本体より煙突が高価だとは思ってもみなかった。今はもうそれが何ん十万だったかは忘れたが、取り寄せたカタログで即決し、メーカーに注文の電話。が、煙突は別価格で本体以上の価格を知らされ一気にブチ切れた。カタログには煙突の説明も価格もなくて、その円錐型ストーブ写真のキャプション、何ん十万ですべてと思っていたアタシは「こりゃ詐欺だ!」と思わず叫んだものだ。「クソッ、煙突なんかいらねぇ!」
 ロッジ完成。指定したコーナーにお洒落な煉瓦が組まれて、煙突のない焚き火ストーブが空しく鎮座していた。夏、若いスタッフたちと海ではしゃぎまわってストーブのことを忘れていたが、12月30日にスタッフ全員の大島ロッジ忘年会を恒例化。で、したたかに酒を飲みつつ、誰かが言ったねぇ。
「社長、寒いっすね」
 全員が煙突のないストーブに注目。
「燃やすかぁ」
 で、建築端材を拾い集めて焚き火を開始すれば、メラメラと燃える端材に歓声が湧く。と同時にあっという間に一寸先も見えぬ煙の充満。それでも寒いもんだから我慢して涙を流し、咳き込みつつの酒宴が続いて、ギョーカイで鍛えられた酒豪だかアル中だかわからぬ女子中心の若者達が、酒に潰れるか煙に負けるかの修羅場の大宴会。ついには何人かの女子が全裸で部屋を飛び出し、海まで走り出したんと(そんなこたぁ〜平気でやりかねない猛者ばかりだったし、当時は周辺に他一軒のロッジだけで、まぁ、全裸生活だってOKだったんだ)。そんな乱れた酒宴になったのを知ったのは、先に酔いつぶれたアタシが翌朝に聞いたこと。一体どんなゲームをしていたのだろうか…。
 後日、この話を腹ぁ〜抱えて笑いながら聞いた大工が、島の職人を口説いて、それは立派なステンレス製の煙突を安く作ってくれた。現在もこの煙突が絶好調でモクモクと煙を吐き出している…。
※そう、一度こんなことがあった。島に着いて恒例通りストーブの火入れをしたら、エントツ上部の外壁に向かうヨコ煙突に異常熱がこもる反応。あぁ〜、鳥の巣が燃えているぅ〜。以来、最初はチョボチョボの煙を出して巣がないことを確認している。


松ダメ、流木ダメ…。 薪ストーブは何かとこだわり多いが、お構いなし。

 大島空港から都道に出る南国風道脇に、これまたおしゃれなログハウスのレストランがオープンして、真っ赤なブランド・ストーブが鎮座していた。店主の薪ストーブ談義に耳を傾けりゃ、まずはストーブの熱効率云々の難しい講釈があって、次に薪の話題に移った。
「松は絶対にダメだ。松ヤニが煙突につくし、高温になり過ぎるんだ。それで流木なんてとんでもねぇ〜ことで、塩で一気に煙突がいかれちまう…」
 黙って聞いていたが、こちとら蒼白もの。何故って、その頃にくべていたのが庭の松食い虫にやられた松だったし、焚きつけは目の前の海岸に流れ着いた流木を拾ってだったから。ダメを絵に描いたようなストーブ失格者。こりゃ参った・参った。
 頭を抱えて店を出れば、ログハウス裏手に寸分の狂いもなく見事に切り揃えられた薪がほどよく乾燥した風情で軒下に積まれているじゃ〜ありませんか。これを見て、まさにノックアウトの体たらく。
 これを機に心を入れ替えた。薪の確実な調達、入念な乾燥、ストーブの欠かさぬメンテナンス…ってのはウソ八百で、今でも燃える木なら何でもバンバンと燃やしているんでございます。薪の調達はどうしているかってぇと、これは至るところで林なぎ倒しての造成が盛んで、自然をバンバンぶっ壊してっから、そんな現場からこっそりいただいてくるケースが多い。で、贅沢にも大島桜がけっこう多いん。チェーンソーで切る、斧でパーンッと割ったときにプーンと実にいい香りがする。桜で焚き火とは豪勢でしょ。時にはユウカリの大木もあって、これは燃すには惜しい香木。ちなみに上野動物園のコアラは、大島のユウカリの葉を食べていると聞いたが、これは一体、誰が植えたんでしょうかねぇ。
 最近は大島焼きの陶芸家と親しくさせていただいていて、彼の庭に山積みになっている薪を滞在分失敬してくるのが恒例化している。あぁ、煙突掃除やんなくちゃなぁ〜。


島のゆったりした時の流れを取り戻すには、燃える薪を飽きずに眺め続けるのがいい・・・。

 東京と島では、流れている時間が絶対に違う。慌ただしく仕事を片付けて島に渡る。ロッジの雨戸と窓を開けて空気の入れ替えと掃除。フと大きく息を吐いてソファーでひとやすみ。落ち着かなく、また立ち上がる。部屋と庭をウロウロ…。気がつきゃチェーンスモーカー。昼前だというのに、いつの間にか手にグラス。一杯が二杯、二杯が三杯…。酔いのなかで、フと鳥のさえずりに気づき、潮風に揺れる木々をぼんやりと見続けていたりする。ここでやっと…
“あぁ、ゆったりとした島の時が流れているんだぁ〜”
 と気付く。頭ではわかっていても、体内時計のテンポは未だ都会のままだから、妙ないらだちを覚える。食材の買い出しの帰りに、海岸に座り込んで遥か伊豆半島を望む海を見つめつつ、のんびりとコンビニ弁当とビール。ごろんっと仰向けになって青空に流れる雲を見たりして、無理をしてでも「ゆったり」を装ったりしてみる。そして、だらだらと庭仕事をこなして風呂と夕餉。それが済めば、いよいよ腰を据えた焚き火ストーブ・タイムになる。
 焚きつけが安定した段階で、やせた女の太ももほどの丸太を数本、円錐型に組む。チロチロとした火が大きな炎の塊になるのを辛抱強く待つ。基の方からシューシューと音をたてて水気含みの幾条もの白煙が噴き出すのを見る。ストーブ全体がほんのり熱を帯び、やがて円錐型に組んだ薪の一部がガタッと燃え崩れて、おき火になって行く。アッチッチと言いながら薪を形良く組み直す。もうその頃は頬もポッカポカだ。組み直した薪が崩れ出す前に、新たな丸太を一本、また一本…。時にお気に入りのCDを繰り返して聴く。
 いつしかかかぁと愛犬の寝息が聞こえる。4時間、5時間…ひとり深夜まで刻々と燃え、おき火となり、灰になって行く何本もの丸太を見続けながら、酩酊するまで酒を呑む。しだいに身体のなかの時計がゆったりした時の流れを取り戻して、ご機嫌な千鳥足で寝床にもぐり込む。
 明日からが本当の島暮しです…。


丸太が灰になるまで無心に火を見つめつつ、やがて杯を重ねて眠りに就く。
こんな感じで死ねたらいいな、と解脱の境地になる時もある

 なぜ島でストーブ三昧か?即答すればテレビがないからだ。極寒の地じゃないから暖を取るのは二の次で、見つめる対象として火が欲しい。火が人を惹きつけ、人は火に惹きつけられる。
 島ではテレビなしを自身に宣言し、貫いて来た。新聞なしラジオなしの島暮らしにあって娑婆での大事故、大事件、大災害もわれ関せず。島の友が来て番組途中にテロップが流れる速報などの話題をもって来て、
「なんでぇ、知らねぇのかぁ、あ、そうか、この家にゃぁ、テレビもラジオもねぇんだ」
 とバカにする。そのうちに噴火後に全島民に支給したかの防災無線を、パチンコでスッカラカンになった人が売り放ったかのを手に入れた。時報、出帆港、町の催事など知らせてくれて、ちっとは島民になった気分になる。で、幸いなことに今まで災害避難報を聞く事態には遭っていない。これは余談だが時折、観光客の行方不明者の捜索情報があって、決まって数時間後に宿に酔って帰って来たの報がある。不明者の風体などが詳しく紹介されて爆笑もの。
 さて、何かと騒がしくなってきたご時世、かつ島行きの頻度を減らして長期滞在傾向になったことで、いよいよテレビが必要かと大型テレビを島に運び込んだ。これで趣旨替えと思いきや、未だ初志貫徹なのだ。というのもテレビを運び込んだ時点で、とうにアンテナが塩害で崩壊していて、テレビがあっても映らねぇ。で、10年間変わらずに焚き火ストーブの火を見つめているんでございます。
 火はいい。見つめつつ何時しか無心になっている。思い悩むことなどを考えていても、いつの間にか無心に火を見つめている。無心になることで、救われているところがある。太い丸太をそのままぶち込んで、灰になるまでの時の流れに身をまかし、やがて杯を重ねて眠りに就く。そうした至福の時の流れのなかだったら、このまま死んでもいいなぁと思ったりする。
 こりゃ、解脱だね。
 テレビというメディアも、原初的な火の魅力にはとてもかなわねぇ〜。


※平成15年(2003)、ストーブん中に鉄製の直径40p・深さ7pのお皿が入ってんですが、塩の影響でしょうか朽ち始めているんです。同じような鉄皿をストーブメーカーに注文しても、もうないだろうし、あっても数万円もするだろう代物。そうだ。合羽橋の食器街で探してみよう、余り使わぬパエリア鍋の大きいのを流用しようとひらめき、で遂に絶好の上品を手に入れた。近所の「テンポ・バスターズ」に入ったら片手で持つのも難儀なほど重厚な中華鍋を見っけたんです。直径45p、深さ7p、そしてあるもんですね。底が平らなのが…。ヨッコラショとレジに持って行ったら、なんと1480円也。

※で、さらにひらめいた。ネットで囲炉裏自作キットを見たら、防熱で鉄函を組み込む構造なんだが、この鉄函が一辺40pほどがやはり5万円ほど。えぇ、そんなのが上記「テンポ・バスターズ」に行けば数千円でゴロゴロありそう。これに合った木枠をこさえれば移動囲炉裏の完成。えぇ、近日中に作りましょうかねぇ。




<薪ストーブ関連あれこれ>
アタシのサイトに偶然辿り着き、自宅に薪ストーブ導入を決めた“夢みる薪ストーブ”さんに捧げる。(2003.11.10)

薪の入手
:言うまでもなく薪ストーブの燃料は「薪」。某俳優のストーブ・エッセイを読んでいたら、どこそこの店の薪がいい、なぁ〜んてことが書かれていた。実際、管理別荘地などには薪を買うシステムが確立されているようだが、薪はやはり自分で拵えたいねぇ〜。伐採木の入手、ストーブ・サイズ断裁、そして乾燥…の「薪作り」から薪ストーブの楽しさは始まっていて、それでもって初めて「薪ストーブのある生活」になる。その生活の第一歩は、まず伐採木をどう入手するかだろう。アタシの場合の当初は、近所に捨てられていた伐採木をこっそり拾ったり、時には伐採の山を発見し、おずおずと持ち主を尋ねて少々譲って下さいませんかと挨拶・交渉をした。そんなことを重ねていれば、自ずと地元で伐採木が集積するお宅に辿り着く。造成業者や大工もそうだろうが、アタシの場合は陶芸家に辿りついた。近在で伐採木が出れば、それが必要な陶芸家に届けるシステムが出来ているからで、彼の庭にはいつも伐採木が山積みになっている。アタシはここで伐採木をいただくことになった。木をいただいた後は、これをストーブに入る大きさに断裁する作業が待っている。

チェーンソー
:薪ストーブ導入当初は、うかつにも薪ストーブにチェーンソーが必要機材だと思い至らなかった。薪は買うものではなく自分で拵えるとなれば、伐採木をストーブ用サイズに断裁しなければならない。いつだったか、未だ大島ロッジが建つ前だったが文学系テレビ対談で、作家・大江健三郎さんが自宅にゲストを迎えるに当って、根っこみたいな木をノコギリでギイコ・ギイコと切るシーンから始まってビックリした。ストーブではなく立派な暖炉だったが、あぁ、こりゃぁ〜大変なことよ、と思うと同時に、火の準備が接待の心なりと感心した記憶がある。で、アタシも最初はノコギリなんかで腕ほどの木を切っていたが、これではラチが明かないと、最初に買ったのが電動チェーンソーだった。電動だからコード付き。長いままの伐採木を車で自宅まで運び込んで、コードの届く庭でストーブ・サイズに断裁する。これで10年ほど経ったが「コード付き」と「パワー不足」はいがめず、一昨年(2001)、ついに憧れのエンジン・チェ−ンソーに買った。気軽に買える数万円機種が出回って、アタシはそれを中野のホームセンターで見っけたんだ。で、改めて思うに、薪作り程度ならログハウスや林業作業用のチェ−ンソーではなく、電動でもなんとか足りたってことでしょうが、やはりエンジンはいいんです。電気コードなしだから、どんな現場にも持って行けるし、その場でストーブ・サイズに断裁してポンポンと車の荷台に放り込む。電動機は微力ゆえに断裁途中でチェーンが何度も止まってのダマシだましの作業だったが、エンジン・チェーンソーはやはりパワフルで、バァッと一気に切れる。パワフルな方が逆に安全なような気もしている。しかし、考えようによっては、これほど強暴な道具は外になく、それを使用する際には手入れ、安全面に万全体制で臨みたい。いつでも自分は素人の意識で、念には念を入れた手入れと調節を怠らず、取扱いに細心の注意が肝心。たまには手入れ不良もあって猛反省するが、アタシが胆に命じているのは、一杯入った後に絶対にチェーンソーを持たぬこと。えぇ、ついやりそうになるんです。これはもう慢心、不注意、緊張感なしで、あとは地獄が待っているだけ。

:ストーブと同じく、これらを紹介のサイトはマニアック志向が強く、いきおいフィンランド製、カナダ某社製がいい…とかウンチクされている。アタシの斧と鉈は田舎の道具屋で売っているような無印、無骨もの。直径30〜40センチもある割れにくい木質の丸太なんて、第一打でまったく歯が立たず、でも「ネバー・ギブアップ」で臨めば何打目かには必ず割れるんです。一発でパーンと割れた時の快感、諦めずに挑戦し続けて、例えば10数打目にようやく割った時の達成・満足感。斧の薪割りは、もう10年余のベテランなのであ〜る。ロッジに初めて遊びに来た友人が「薪割り、おもしろそうだなぁ〜、俺にもやらせてくれよ」で斧を渡したが、振り上げ・振り下ろしたはいいが、下げの段階でも円周スィングしたものだから、自身の足許に斧先が落ちて来て思わずギャ−と眼を閉じた。以来、初めての方にはどんなに屈強な身体をしていようとも、まずはしっかりコツをのみこませてから斧を渡すようにしている。振りかぶって真横に来たら、ここからは垂直真下に降り落とす。そうでなければ薪は割れないし、危険極まりない。さて、割れるまで諦めるなの挑戦魂を育んだが、陶芸家宅には、なんとエンジン薪割り機がある。薪をレール上に横置きし、レバー操作だけで斧羽が圧縮移動してどんな丸太でもブスブスッと断ち割るんである。アタシはアメリカ製の5.5kgのジャイアントヘッドの斧を使ってみたいと密かに思っているが、振りかぶったらヒョロヒョロと腰を抜かしちゃう恐れもある…。

:鉈は火熾し用の細かい木を作るために、これまた必需品。左手で薪、板を確保しつつ右手で鉈を振り下ろすのだが、振り下す手許が狂うと左手を切り落しかねない。これは危ないと思った時は、鉈を振り落す瞬間に左手を離すんだが、いつもヒヤヒヤさせられる。そう思うたびに、今度からはストーブ内の燃える木の按配を直すあの「ツマミ」で確保すれば安全だと思うのだが…。またこれは毎回使う都度に拵えるから、いつも急場しのぎの作業でヒヤヒヤするワケだから、今度は「ツマミ」活用で集中して大量に拵えておこうと、また今、改めて思うのですが…。


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