父(池部鈞)そして57年後に子(池部良)に書かれた「おしゅんちゃん」

 金曜日の深夜、愚妻が焼酎片手に本を読みながらゲラゲラ笑っている。何を読んでいるんだと聞いたら、笑いこけて話にならない。酔っ払ってもいるんですなぁ…。
 適当に相づちうって寝た翌朝、気になったもんだから愚妻が昨夜読んでいた本を手に取ると
俳優・池部良著「そよ風ときにはつむじ風」。大正7年( 1918)生まれの著者が自身の父の思い出を記した随筆集で、父は洋画家で挿絵も描く池部鈞(ひとし)で母・篁子(こうこ)は岡本一平の妹。で、寝そべって数編読んだが笑いこけるほどには面白くもない。なぁ〜んだ、もう止めようかなと思った7章目が「おしゅんちゃん」で、今度はアッシが思わず声を出し立ち上がっちまった。
 行くは本棚の当HP「ブックガイド」紹介の本を並べた一画。ごそごそと小冊子「
大島漫画行」を見っけ出して池部鈞の名を確認した。そーなんです、同書はブックガイドを参照していただきたいが、簡単にここにも紹介すれば、同書は昭和8年(1933)頃に漫画家5人が大島旅行をし、それぞれの旅行記と挿絵で構成された小冊子。そのなかに「お俊ちゃん」の小見出しの文があり、まぁ、ざっとこんな感じ。
…大島観光を終えた一行が再び元町に戻って土産屋をひやかして歩いていて、鈞さんが美貌のアンコに魅せられ黄楊の櫛を買った。宿でそのアンコが話題にのぼって、聞けば女学校出で東京の水道の水も飲んだ阿部虎のおしゅんちゃんだと分かって、出船まで宿に来てもらって全員でスケッチした…
 とある。で池部良の随筆タイトルが「おしゅんちゃん」。「大島漫画行」は大島の郷土史にも載っているが、池部良の「おしゅんちゃん」は私の偶然の大発見かも。というわけでここに同文の概要を紹介。
 …(池部良が)小学校五年生になった春先の日、父が母に椿油を買って来た。父の気遣いが嬉しく母は洗い髪に丁寧に椿油をなすりつけていた。夏に漫画家十人が某雑誌の招待を受けて大島へ出かけた。三日して帰って来た父は1枚の写真とスケッチブックを取り出して、こう言った。「このアンコは美人だった。出っ歯じゃねぇし、肌が真っ白、目もお母さんの鯨の目みたいに小さくない(母は歯も出ていて色も黒いらしい)…」この話しを茶盆を持って来た母が聞いてしまったから、さぁ大変。買ってもらって大事にしていた椿油のびんを廊下に投げ出すはの大ムクレなる顛末が面白おかしく書かれているのである。
 ここには父が買った黄楊の櫛のことは書かれていず、さて櫛の行方も気になりますが、ともあれ昭和8年に父が記したシーンの“その後”を、57年後に子が記して平成2年出版の大奇遇の大発見。 へぇ、話しはこれでおわりでごわす。
 えぇ、これでも立派な「大島歴史探偵団」の成果と思うんですがねぇ。いけませんかねぇ?

※池部良著『そよ風ときにはつむじ風』毎日新聞社刊/1990年11月30日初版/¥1200
※「大島漫画行」については「ブックガイド」の資料編で紹介しています。

井伏鱒二全集・第6集にも「伊豆大島」文中に「お俊アンコ」が記され、こんな内容…

 これは1936年(S11)11月発行の「綜合文化雑誌ペン」創刊号に発表された文で、文末に「九月吉日」とある。
 さて、その内容は…まず、三原山登山の描写があって、茶屋にそれぞれ可愛い看板アンコがいて火口茶屋のアンコに眼を奪われる。友人の能勢行蔵がトルストイの隠遁生活にかぶれて十五年前から島に渡って、養鶏を営むかたわら小学校の教員を務めている。彼はお俊ちゃんは教え子のひとりだから、島に来るなら紹介してやろう、松屋百貨店で菓子折りを買ってとどけるようにことづける。が、見世物を見に行くようで嫌だったので、使いの人に菓子折りを届けさせる。で、宿の女中がそれを知って、お俊アンコのように表通りのアンコばかりが有名になって甚だ不公平だと憤慨するが「君の方が美人だよ」ととりなす様子が書かれている。その後は、船で魚釣りをするのを見学。石油発動機つけた三十石積み和船が釣り糸を二十、三十尋伸ばしての流し釣り、まぁ、今でいうトローリングを見学。自身が乗った船は元村から土生の港(どこだろう)まで行って、今度は乗合自動車で元村まで引返す。…ま、大体そんなことが書かれていた。

 なお、井伏鱒二は大島より三宅島が好きだったとみえて、三宅島についての文章が数章あった。

昭和11年11月21日、おしゅんちゃん結婚

 「島の新聞」昭和11年11月22日号に「おしゅんちゃん、めでたく結婚」の記事が載っていた。以下、全文…。元村安部虎製油所主安部虎之丈氏長女しゅん子さん(24)は東京臼倉・大島五十嵐両夫妻の媒酌で東京牛込区会議員杉本増太郎氏の弟進(29)と婚約成り21日夜自宅で華燭の宴を挙げた。新郎は東京高等工業学校出身。新婦は渡辺女学校の出身である。



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