月刊「カラオケファン」
〜9月号(6月21日売り号)掲載〜
40周年の軌跡と円熟の展開〜
五木ひろし 俺の山河は…。

文:スクワットやま Squat Yame
第9回 “役者・五木ひろし”も円熟なり

取材日記]…今年は芸能生活40周年。でも“なんだかちょっと淋しいなぁ〜”と感じていて、それはなぜなんだろう…とよくよく考えてみれば劇場公演が御園座正月公演から9月の明治座までポ〜ンと空いているからだった。昨年の今ごろは5月に東京・明治座「喧嘩安兵衛」を、7月に名古屋・御園座「噂の小平太」を観たっけと…。
 五木は昨今、不況や殺伐とした世情が求めているのは“スカッと爽快・抱腹絶倒のお笑い”と考え、楽しい演目を上演し続けている。ちなみに「喧嘩安兵衛」は亡き小野田勇作、三木のり平演出で昭和62年初演の演目。そして今年の御園座正月公演は再び小野田勇作、三木のり平演出で20年前に初演の「春や春 恋の弥次喜多」。一方、昨年7月の「噂の小平太」と同年10月の大阪・新歌舞伎座「泥棒と若殿」は山本周五郎生誕百年企画演目。
 これら芝居で五木が遺憾なく発揮してくれたのは三枚目演技。曽我廼家寛太郎、笹野高史、左とん平、角川博らを相手に腹がよじれるほど大いに笑わせてくれた。正直言えば、ストーリーを追わなくてもいいから、そのままずっとアドリブの抱腹絶倒コントを続けてくれぇ〜、と思わず願ってしまった至福のお笑いシーン多々。
 五木の三枚目演技は生来の“ひょうきん&お笑い好き”に加えて、三木のり平直伝によって磨き込まれ結果だろう。その特徴は“ひょうひょうとした軽妙さ”。それは生前の松竹新喜劇・藤山寛美に…
「器用やなぁ。ボケとツッコミの両方ができる。歌手にしておくには惜しい」
 とまで言わせた珠玉芸。五木もまた…
「子供のころから喜劇が大好きで、テレビの松竹新喜劇、吉本新喜劇を観るのが楽しみだったんです」
 五木は“役者・五木”を褒められると決まってこう言う。
「だって何年演っていると思っているの。昭和48>年からだから、えぇ〜とっ…」
 と詰まったから、筆者が一日たっぷりかけて全劇場実績を調べてみれば、芸能生活40周年の現時点で全89公演。そのほとんどが「芝居と歌謡ショー」2本立て構成、昼夜2回の一ヵ月(平均23日間)公演で延べ2047日。舞台に立った総日数も総動員数も驚異的数字を更新中。役者・五木はかくも偉大な存在なのである。

役者・五木のバイオグラフィー]…五木は昭和46年、『よこはま・たそがれ』ヒットの年に「日劇」で初ワンマンショー。ここで殺陣を初披露しているが、本格的な芝居に取り組んだのは昭和48年の梅田コマ劇場「旅鴉」だった。当初の公演は3日だったり1週間だったりしたが、昭和53>年4月の新歌舞伎座「沓掛時次郎」を長谷川一夫が演出したころには一ヵ月公演。故・長谷川は…
「歌手が芝居をするのなら引き受けないが、本格的に俳優に挑戦するのなら協力しよう」
 と五木に二枚目演技とメイクを細かく指導した。また「沓掛時次郎」や「一本刀土俵入り」などは新国劇・島田正吾の十八番で、島田が五木に殺陣をはじめリアリティーな芝居を徹底的に教えた。そして三人目の師匠が三木のり平だった。五木は二枚目とリアルな芝居、そして軽妙な三枚目演技と芸巾を広げ、磨いてきた。
 三木が五木の演出を最初にしたのは昭和58年5月「忠治身代わり旅〜おれは風来坊」で、平成8>年正月「鼠小僧ふたり〜俺は恋泥棒」まで7本のお芝居を作り、計17回演出。三木は当時の公演パンフにこう書いている。
「五木君は舞台を重ねるたびに本物の役者となってまいりました。歌謡ショーの刺身のツマ的なファンサービス芝居ではなく、演技者としていつも真剣に舞台に取り組み、お客様に楽しんで貰おうというエンターテイナーの心意気と、彼の喜劇役者としての演技の成長ぶりひは、目を見張るものがあります」
 五木もまた芝居の面白さにのめり込んで、昭和57年5月新歌舞伎座から昼夜別の演目という大胆な企画を実施。まずは「関の弥太ッぺ」と「上州土産百両首」。翌58年は「一本刀土俵入り」と前述の三木演出「おれは風来坊」。これに併せ歌謡ショーも昼夜別構成に挑戦した。このダブル公演を平成6年まで各劇場で展開。こんな大胆なことをやってのける座長は、ちょっとほかにはいない。
 またその長期に及ぶ公演活動はさまざま記録も生んでいる。新橋演舞場では昭和60年から平成6年まで実に正月公演10年間続行。同劇場は松竹の主要劇場ですが、創設は地元芸妓組合に料理屋はじめの五業組合も加わった花柳界結束で創設された経緯もあって、そんな地元要請に五木が意気に感じて果たした大偉業。芸処の名古屋・御園座でも昭和60年から今年の正月公演で連続21回出演。ちなみに美空ひばりが14回、三波春夫が17回で、この21>回連続というその“凄さ”がわかっていただけようというもの。新歌舞伎座も今年11月公演で25回目の出演になる。
 さて、五木の演目を大別すると長谷川伸に代表される股旅物、三木のり平作・演出作などの喜劇、そして山本周五郎作品「雨あがる」「さぶ」「八郎兵衛始末」「立春なみだ橋」「次郎八異聞 陽だまりの小径」「噂の小平太」「泥棒と若殿」などの文芸物でしょう。周五郎作品について五木は…
「弱者の味方。失われつつある人情の大切さ、派手ではなく内に秘めた心の芝居です」
 9月は明治座「雨あがる」再演。涙を誘う五木の芝居を楽しみにしているファンも多い。
●…
50代になってからの五木の演技には深さ、軽妙さの両方が増している。これは門外漢の筆者が言うことではなく、マスコミの劇評が揃って激賞続き。故にお芝居がお休み…は筆者ならずして淋しいのだ。9月明治座を待望する声が聞こえてくる。

ITSUKI NOW 本誌発行のころは、6月1日の浅草ビューホテルでのマスコミ新曲発表会、2日の銀座・三越屋上での一般新曲発表会に端を発した芸能生活40周年記念シングル『アカシア挽歌/雪燃えて』プロモーションを反映して大ヒット中と期待したい。ちなみに評判のジャケット写真は、昨年9月の日生劇場コンサート・ポスターの写真を撮った稲越功一。4>月上旬に行なわれた「芸術選奨文部科学大臣賞受賞パーティ」で、氏はこう語っていた。
「日生劇場コンサートの2曲目で不覚にも涙がこみ上げてきた。これは開催中に新聞掲載されたインタビューに“演歌不振とは言え、ユーザーに媚びたりはしない。自分の信念を貫いて行くだけ”と語っていて、あぁ、一線を超えた方の発言だなぁ〜、と思った。そのレベルに達した方はジャンルに関係なく人の心に響くものを持っている、と改めて思った」
 『アカシア挽歌』も人々の胸に響いて大ヒットとなるか…。
 追記:去る4月17日の美浜・五木ひろしマラソン前夜祭コンサートのゲストをここに報告しておく。歌唱順に因幡晃、湯原昌幸、杉田二郎、石原詢子、テツ&トモ、山本譲二、つんく♂。

<メインフォト・キャプション>28年前、昭和51年4月の新歌舞伎座初座長のパンフレット表紙。演目は「風車越前旅」。(写真提供:新歌舞伎座)



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