伍代夏子『金木犀』

『金木犀』がロングヒットの兆し。同曲レコーディングを振り返っていただいたら、そこに伍代夏子の歌唱論や人柄が表れて楽しいインタビューになった。 こだわりの歌唱、曲の解釈、絵の浮かべ方、趣味の金魚…などのトークもお楽しみ下さい。

 1月1日リリースの『金木犀』がロングヒット中。作詞・麻こよみ、作曲・水森英夫。レコーディングの様子を振り返ってもらうと、そこに伍代夏子の歌唱論や人となりが表れてすこぶる面白い。
 水森英夫作曲は平成6年1月発売の『ひとり酒』から。氷川きよし『箱根八里の半次郎』の実に 6年も前。以来6作品が水森メロディーで、レコーディングの度に作曲家と丁々発止とか…
「私のレコーディングは長い、うるさいで有名なんです。歌手だからこだわりがあり、一生懸命ですから当然のこと。私は市川昭介先生に育てられましたから“すべての言葉に表情をつけて唄いましょう”と教えられてきた。一方、水森先生は正反対。発声ありき、なんです。喉の奥にカ〜ンと当てた突き抜ける声を求めてきます。声(言葉)を“音にしましょう”という考え方です。ですから当然のこと、互いのせめぎ合いが展開されます」
 さらに説明が続く…
「朗々と唄う、声を楽しむ。そうした歌唱の方が聴く側にストレートに伝わる。哀しい詞でも哀しい表現をする必要はない。むしろ笑って哀しいと唄った方が、哀しさが伝わる…。これが水森先生の持論です。ホントにそうなのかしら。声を張れば張るほど、細かい情感表現が出来ないと思うのですが…」
 意見が合わぬなら組まねばいいものを、何故にコンビが続くかは、伍代が相反する両歌唱のミックス具合を探っているからに他ならない。また別の面で伍代は“水森式”に共鳴する部分もあるから複雑だ。例えば『金木犀』は
♪七年待てば 一生待てる〜
 と“待ち耐える女”の歌で、麻こよみの詞には哀切な女心が満ちる。これを他の作曲家が手掛ければ哀切でマイナーな曲になるが、水森メロディーは持論ゆえにカーンと抜ける明るく力強いメロディーに仕上げている。
「麻さんと水森さんは激しくやりあっていましたが、私は私です。この歌をずっと唄って行くのは私ですから。私はこの歌の主人公をこう思います。暗く思いつめて待つ女性ではなく、しっかり自立しているか余裕ある暮らし向きの女性で、思い出をキレイなままにしておきたい。だから男性には現れてそれを壊すようなことをして欲しくないと思っている…」
 哀切な詞が水森メロディーで明るくなり、伍代解釈で自信に満ちた女性像。加えて伍代は自身の声の魅力が“明るさ”にある、それを水森メロディーが引き出してくれることを知っている。あれほど意見を反しながら、かくなる共通項を有す。実は仲がいいのかも知れない…。そんな複雑さを含んでいるから、作品が熟成するまで時間もかかる。
「この曲は2年前からあたためていたんです。私の声の色合いをもっと出すべくキーを半音上げて、アレンジをもっと明るくし直して、やっと世に出たワケです」
 伍代歌唱論はまだまだ続く…
「ステージやテレビのマイクではなかなか伝わらないのですが、各フレーズ毎に私なりに声の表情、音色を多彩に変化させています。あまり細かいのでわかってもらえないのがちょっと悔しいけれど。でもそう努力することが大切だと思っています」
 カラオケ自慢の皆さんはCDやカセットから、そうしたニュアンスの変化まで聴き取れるはず。ぜひ入念な鑑賞をお薦めです。
 さて伍代夏子は絵作りから歌唱に入るタイプで、この話も面白い…
「この歌の主人公は35、6歳のうなじのきれいな華奢な女性。身持ちがよく芯も強い。髪の毛を後ろに地味に束ねた茶道の先生か、旅館の女将さんのよう…。黒塀がずっと続く道を歩いて来て、右にだけ折れる路地がある。そこをいい匂いに誘われるように曲がったら、左の塀の中からたわわに花を付けた金木犀が茂っているんです。ここでイントロが流れます…」
 気になる歌の中の男性像は?
「再会してガッカリするといけませんから絶対会わないのがいい。具体的でなく幻がいいと思います。他の曲では寡黙な高倉健さんと賠償千恵子さんだったりします。そんなイメージが膨らむから歌は楽しい」
 金木犀は秋の花…。
「これと言った花火を上げていないのにヒットしています。ならば金木犀のいい匂いがする季節にピークが来るように、目下は全国キャンペーンを展開中です」
 さらなるロングヒットの予感です。

●ご主人・杉良太郎氏は昨年夏に座長公演を辞めた。それまでに培ってきた時代劇のノウハウを継承すべく執筆中。伍代夏子も江戸っ子で江戸風情の「物売り」の声や技術が消えて行くことを嘆く。「天秤棒を担いだ金魚売りもなくなりました。水桶を波立たせない歩き方なんて、もう誰も知らない」。●結婚生活 7年目。「今は主人が一ヶ月ほど家を留守にしても大丈夫と言ってくれますから、そろそろ劇場公演もいいかな、と思っています」。しかしご主人の演出は絶対にイヤとか。「だってお互い頑固なこだわり屋さんだから喧嘩の元になりますもの」。

『金木犀』
作詞:麻こよみ
作曲:水森英夫
編曲:前田俊明

<歌唱アドバイス> 唄い上げるのは♪待ちます私… だけです。続く♪迷う気持は 捨てました〜の「捨てました」を思い切り可愛く、キッパリと唄って下さい。ニッコリ微笑んでもいいでしょう。それで“私は幸せで自立しています”が含まれます。最後のフレーズ♪ともす心の 恋灯り は上を向く感じで唄うと曲の意味が強調できます



伍代夏子『舟』

昨年は『金木犀』ヒットでとNHK紅白歌合戦復帰
絶好調!伍代夏子の新曲『舟』は、ゆったりしたテンポで実に丁寧な歌唱


「お得!シングル」はかつてのヒット曲『忍ぶ雨』『鳴門海峡』を収録。
その声質・歌唱変化“一聴瞭然”。伍代夏子の成長経緯がわかる好企画。

声をほどよく絞って大人の味わい深さを演出。
演歌歌唱もほどよく抑えて…


 新曲はカップリングを収めた通常版と、3ヶ月限定生産<お得!シングル>があって、代表ヒット曲『忍ぶ雨』と『鳴門海峡』の当時の音源を収録。ちなみに『忍ぶ雨』は平成2年のヒット曲で、『鳴門海峡』は平成 6年楽曲。新曲と聴き比べてみれば、その声質・歌唱変化が“一聴瞭然”で伍代夏子の成長経緯がわかって実に楽しい。ジャケット写真も二通りで、ファンは両方欲しい好企画と言えましょう。
 さて、17年前の『忍ぶ雨』を聴いてみると、新曲の味わい深い声・歌唱に比して、なんとも若く細く頼りなげ…。
「私は内弟子ではありませんが市川昭介先生に作られた歌手。それまでは目一杯にがなるように唄っていて、先生が“それはいい女のすることではありません。張るな、鳴らすな、語れ…”と教えて下さった。“ここが三畳間だと思ってささやくように唄ってみなさい”のアドバイスで大ヒット。人々の琴線にどこが触れたかを改めて考えると、その初々しさが可愛かったのかもしれませんね」(笑)
 新曲は伍代夏子おなじみ…水森英夫作曲。
「先生は語るより朗々と唄え、カーンと発声しろが持論。従来は相反する両先生の“いいとこ取り”で唄ってきましたが、新曲は白玉(全音符)が多いゆったりしたテンポで間が持ちませんから、今度ばかりは水森歌唱です」
 しかし、そこは伍代夏子…。ほどよく喉を絞めて大人の雰囲気をかもしだし、奥深い味わいになっている。これ以上絞ると端唄など小粋な世界になるだろうが、その手前でとどまっている。加えて演歌歌唱も、泥臭くなる手前で抑えて彼女ならではの品を保っている。やはり伍代夏子ならではの音色・歌唱の大魅力です。

歌唱前のイメージ作りこそ歌手の楽しみ、醍醐味。
小説のような世界が出来て…


 さて、唄う前にしっかりとイメージ作りをしてから歌唱に臨む彼女のこと、『舟』にどのような絵を思い浮かべたのだろうか?
「作詞のたきの先生に“道行ですか?”と訊きましたら“夏っちゃん、何を言っているんだ。ふたりの幸せの舟出じゃないか”と。でもこの哀愁感は何だろう…。先生には申し訳ないけれども、これは万々歳の幸せではないと私は判断したんです。男性はきっと病弱か売れないもの書き…。しかも女に舟を漕がせるような男。女性は一緒になっても世話をしなければならぬ苦労が待っている。でも彼の明日を信じている…そんな舟出だと思ったんです。ですから舟もちょっと朽ちた笹舟で…。こうしたイメージが固まって、初めて唄う気持ちの芯ができ、そこから音色も歌唱も自然に決まってきます」
 この辺はイメージクリエイター・伍代夏子の独壇場。聞いていればふたりのドラマが小説のように延延と展開する。
「楽曲をどう表現するかは歌手の責任ですし、こうしたイメージ作りこそが歌手の楽しさ、醍醐味です」
 かくして『舟』は、味わい深い歌になった。そんな絵のトーンを決めたとも言える“声の絞り具合”についても訊いてみた。
「私は芸者さん姿が好きで歌手になったくらいですから、ステージでは“芸者さん”が欠かせません。私は江戸っ子ですから辰巳芸者で冬でも素足。ちょっと緩く髪を結って、ほつれ毛が一本二本、縞の着物。そうくれば喉を絞って粋な“都々逸”が唸りたくなってくる…。そんな喉が、この新曲に出たのかもしれません」

読者に特別カラオケアドバイスです。
こう唄えば表現豊かになります……


「♪ひとりでは漕げない〜は気持良くカーンと声を出して♪ひとりでは〜と♪漕げないの間で鼻でちょっとする“盗みブレス”。♪沖も見えない〜は重く暗い感じの声で低音をしっかり。2行目の♪あなたと肩寄せ〜は鼻にかけて甘えた感じ。♪竿を差す〜の「竿を」と「差す」は演歌っぽく各2回づつまわしましょう。♪辛い浮世の〜はリズムにしっかり乗って…」
 こんな入念な歌唱解説(アドバイス)は滅多になく、このまま先を続けていただきましょう。
「♪夢を追いかけ 船出する〜は「夢で」でポンと間を入れて♪追いかけて〜。ここから大きく張りますから、スッと“急ぎブレス”して♪船出する〜 長音符をたっぷり引っ張って下さい。色をつけて膨らませる気持ちがいいでしょう。♪この手で〜はリズムを入れて。♪しあわせ〜は可愛くにこやかに。ここで明るくしないとずっと暗い歌になってしまいますから、将来の幸せを確信する表情がいいでしょう。最後の♪ふたり舟〜は粘って押して伸ばして粘ってです。舟旅がずっと続く感じです…」
 皆様、いかがでしたか。この説明とCDを何度も繰り返し聴いてみれば「こうして唄えば歌にドラマが満ち、その絵がイキイキと動き出す」コツが会得かもしれません。そうすればあなたの歌唱に豊かな表現力を増すこと必至。さぁ。唄ってみて下さい。

『舟』
07年3月28日発売
作詞:たきのえいじ
作曲:水森英夫
編曲:前田俊明

●カップリング『えにし坂』は軽めの明るい歌唱。♪信じて迷わず〜のフレーズで、可愛い音色を出している。「眼の裏側から声を抜く感覚で唄うとこの声が出るんです」そうした音色の財産で歌は表現力を増す。最近では平成 5年の『色ざんげ』で力を抜いて楽に響かせる音色を発見したとか。伍代夏子の喉芸は深まるばかりだ。●最近は香西かおりとジョイント・コンサート展開中




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