坂本冬美
20周年記念シングル『羅生門』とアルバム『星に祈りを〜猪俣公章作品集』

月刊「ソングブック」2006年9月号掲載

 作曲家・猪俣公章の内弟子を経て、デビュー曲『あばれ太鼓』がヒット。
以来トップランナー。デビュー 6年後に師が亡くなった。今から4年前に1年間の活動停止。
そして迎えたデビュー20周年。デビューと同時に大輪を咲かせて、それを維持するのは至難のこと。
ヒット達成と精進を続ける姿をクローズアップ。明日の“花”が見えてきたか…。


 今月号は五木ひろし、石川さゆり、坂本冬美と当代演歌の“花”が3頁つらなった。 “花”に例えた芸の秘伝書を数々遺した人に世阿弥(室町時代)がいる。坂本冬美20周年記念シングル『羅生門』資料によれば謡曲「羅生門」をモチーフに書かれたとある。この謡曲を書いたのは世阿弥の甥・音阿弥の子、観世小次郎信光。かくも難しいモチーフを求めたワケは…
「20周年で原点に戻ろうと思いました。私の原点はデビュー曲、「無法松の一生」をテーマにした『あばれ大鼓』。演じる男歌です。当時は19歳の若さと詞の世界とのミスマッチが面白かったようですが、今度は等身大で演じ歌える男歌を求めました。そこで出来たのが新本先生の詞です。思っていた以上に激しい男らしさにゾクッとしました。その詞に浜先生がとてもドラマチックなメロディーをつけて下さった」
 髪も帯もキリリッと締め込んで、腰をタメての半身姿で唄う坂本冬美の真骨頂・男歌…。その声もやや硬質にしての迫力歌唱。
♪男 魔性の 羅生門〜
「詞のモチーフは平安時代ですが、今は女性が強くなって、男性が控え目になっています。男性よ、本来の雄雄しさを取り戻せというメッセージも含んで唄っています」
 カップリングも“文芸もの”。プレイボーイ・与謝野鉄幹の子を 12人も産んだ与謝野晶子の心の叫び『千すじの黒髪』。
「20周年はあくまでも通過点ですから、今までの 20年を土台にして歌の奥深い部分まで掘り下げられるような楽曲に挑戦です」
 シングルから約1ヵ月後、7月19日に20周年記念アルバム『星に祈りを』をリリース。
「先生が私に書いて下さった曲が66作品。先生が亡くなったのは私がまだ 20代前半。当時は先生のご指導通りに唄ってはいるものの、深い意味がわからぬままで唄いきれてはいないのです。いつかまた挑戦…と思っていて 20周年です。先生に感謝も込めて再挑戦しました」
 13曲を選曲してレコーディング最中に、未発表曲が見つかって全14曲。
「唄えば、猪俣メロディーが私の身体の中にしっかり浸透していることを再確認。でも唄ってみれば、さらなる深さや難しさをまた発見で課題を残しました。先生はきっと私が一生をかけて取り組めるように作品を書いて下さっていた…と思います」
 改めて猪俣メロディーとは…
「先生は明るく人なつこい部分と、寂しがり屋の両面をもっていました。明るく元気な『あばれ大鼓』があれば、今回見つかった未発表のメロディーもあります。この曲が求めているだろう先生の故郷、母への思いをテーマに、たかたかし先生に詞を書いていただきました」
 それがアルバム最終曲に収められたバラード『星に祈りを』。デビュー 2年目の『祝い酒』も再録されている。 18年前と比較してもらった。
「当初の歌には荒削りな部分がある一方、今では出せない若さゆえの勢いがあります。また当時は娘の気持ちで唄っていましたが、今は親の立場で唄っています。私はお嫁に行ってはいませんが“あぁ、家の母はこの歳でもう三人の子を育てていたんだ”そんな気持ちになって唄っています」
 20年唄い続けて、その高音域の強靭に伸びる声にも“生から錆味へ”の深さものぞかせつつある。
「二葉百合子先生にレッスンを受け始めて、ちょっと声が太くなったような気もします。お稽古をしていると普段は出ない声が出てきたりの不思議な現象も起き始めています。今はステージで歌謡浪曲の台詞が長い『梅川忠兵衛』を緊張感をもってやらせていただいています」
 発声、歌唱も違った“芸”を身につけて芸の巾になる。しかしアルバムを聴けば喉に笛でも仕込んでいるかと思うほどによくまわるコブシとビブラートの全開は健在…。
「猪俣先生に最初に言われたのが“そのヨーデルのようなコブシを抑えろ”でした。ですから当初はもっとまわっていたんです」
 よく聴けばビブラートを抑え、高音をフッと抜いて哀切感を漂わすテクニックもある。これなども若い時分にはなかった技だろう。“喉芸”の道は限りない…。
 冒頭で記した世阿弥の「風姿花伝」にはこんな意の文がある。 12、3歳は“時分の花”(可愛い花)。17、8歳は“転換期”(成長期で不安定)。24、5歳は“当座の花”。若さの美で人気も出るが本当の花と錯覚するではない)。 34、5歳で“本当の花”が開花すると。平安時代のこと。今ならこの歳に10数歳加えて44、5歳で本当の花が咲く…のかも知れない。
「まだまだこれからです。やっと演歌が似合う年齢になって、そのための土台ができたところですもの…」
 次々と咲かす花に期待が高まります。

シングル『羅生門』
06年6月7日発売
作詞:新本創子
作曲:浜 圭介
編曲:若草 恵

アルバム『星に祈りを〜猪俣公章作品集〜』
06年7月19日発売
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