会報80号(平成16年1月1日)巻頭インタビュー


芸能生活40周年を迎えて 新春メッセージ by 五木ひろし

 今年、2004年は五木さん、芸能生活40周年です。昨年がラッキーナンバー5が揃った55歳で、2年連続の大充実・円熟展開です。(株)ファイブズエンタテインメントも設立から1年半で、順調な上昇軌道で走り出しています。五木さんから皆様へ、40>周年の意気込みをさまざまに語っていただきました。

一度も休まずに走り続けた40年。そして今、50代の理想の形が出来
つつあります。そして今こそ欲しい大ヒット。ご支援をよろしく…。


 皆様、明けましておめでとうございます。
 今年は、昭和40年(1964)に松山まさる『新宿駅から』のデビューから40周年を迎えることができました。皆様方のご支援の賜物と改めて深謝申し上げます。
 振り返りますと、実にいろいろなことがあった40年でした。五木ひろしになってからは順調に歩んで来た33年ですが、それ以前の辛い時期に体験したさまざまが、僕の頑張る原動力になったかに思っています。また、デビュー以来一度も休まずに頑張って来たことが、僕の大きな・大きな誇りでもあります。
 昨年は「55歳ハッピーバースデーコンサート」の大イベントがありました。僕はそこで“55歳からの5年間が大勝負です”と宣言致しました。55歳の昨年、そして40周年の今年…この2年間に大きな山を築きたく奮闘しておりますが、徐々に理想としていた50代の形に近づきつつある満足感と、いや、まだまだこれから…という気持ちが交錯しています。あと5年、そこまでに50代を集大成する結果が出せたらいいなぁ〜と思っています。
 こうして5年毎の目標設定で頑張っていますが、さらに5年後は50周年です。その年は大正3年生まれの上原げんと先生の生誕百年です。併せて私の下の娘(華菜子ちゃん)も二十歳になります。そこまで頑張れたら悔いなしです。
 40周年の具体プランをお話しましょう。
 昨年から古賀メロディーの継承に取り組んでおりますが、諸先輩方が遺して下さった名作は服部良一、吉田正メロディーをはじめまだまだ数多くの楽曲があります。目下、40周年企画アルバムとして、『新宿駅から』〜『逢えて…横浜』までの自身のベスト20曲に、名曲カヴァー20曲の全40曲。いや、自分の歌20曲はすんなり選べても、名曲カヴァーの20曲は選び難く、40曲+40曲の全80曲アルバムがいいのかなぁ〜と思案中です。全国コンサートも最終の12月に、一気に40曲を唄う内容で締め括りたく思っています。
 名曲継承と同時に新しい楽曲へのチャレンジもあります。昨年、船村先生と阿久先生に作っていただいたアルバム(シングルも含め全14曲)がありますが、両先生共にやり足りないお気持ちがあって、再度、三人でもう1曲…と語り合っています。
 紅白歌合戦でも『傘ん中』、『北物語』が唄えませんでした。両先生による作品が2年連続して唄えない、そんなことがあっていいのでしょうか。そんな気持ちも含めてのネバーギブアップ。今年こそ阿久・船村作品でぜひともビッグヒットを、と思っています。
 両先生との取り組みからクローズアップされた“歌謡曲の逆襲”は、今や演歌・歌謡曲界全体のテーマに広がっています。だからこそ欲しいビッグヒットです。いくら良い楽曲を作ったと言われても、受け入れられなければ(大ヒットしなければ)“逆襲”になりません。こればかりは結果がすべてです。その意味でも40周年にはぜひ大きな結果が欲しいと思っています。
 一方、今までに出会いのなかった作家の方々との取り組みもスタートしています。これら挑戦からどんな新しい歌が生まれるのだろうか…。今から胸をときめかせています。 目下は皆様のご支援をいただき『逢えて…横浜』が順調ですので、さらなるヒットへと邁進し、それをスプリングボードにして40周年の勝負曲で大きなヒットを!と思っています。
『逢えて…横浜』は『よこはま・たそがれ』に比し、横浜イメージアップも含んだ楽曲です。昨年末、サッカーの「横浜F・マリノス」が2ステージ制覇(岡田武史監督、司令塔は奥大介)しましたが、今年はぜひ「横浜ベイスターズ」に頑張ってもらいたいと思っています。玉置宏さんが昔から川崎在住で、大洋ホエールズ(1977年まで川崎が本拠地だった)時代からの応援団長で、同曲を聴いて“これは横浜ベイスターズのイメージにぴったり。ベイスターズとこの歌をジョイントさせたく、4月の横浜球場オープニング・ゲームにぜひ出席して欲しい”とおっしゃって下さっています。ひょっとすると、ここで『君が代』と『逢えて…横浜』の披露があるかも…。横浜全体のイメージアップになれば、と全国ヒットさせたい楽曲です。


ファイブズEは制作中心のレコード会社。さらに幅広い諸活動を展開。
そして五木ひろし+ファンの皆さん+スタッフの夢の誓い…。


 次に(株)ファイブズエンタテインメントについてもご説明したく存じます。設立から約1年半です。昨年夏にはクラシック・レーベルも設立し、3タイトルをリリース。自分の商品を含め、従来になかったほど販売面にも関わって、諸勉強を重ねて参りました。それを踏まえ、さぁ、今年こそ大きな大きな結果を!と思っています。
 販売面をキングレコードさんにお願いしていますから、我が社は基本的には“制作中心のレコード会社”です。その意では逆に幅広くやって行けるように思っています。歌手・五木ひろしだけではなく、他のアーティストとどう関わって行くか、協力し合って行くかがレコード会社の主業務ですから、今後はより一層幅広い活動を展開して行くことになりそうです。具体的に言えば、プロデューサー・五木ひろし(作曲家・五木ひろしも関わって…)の存在が大きく出て来るように思います。

 昨年10月22日、角川博君の『船宿』に続く僕の第2弾プロデュース曲『風花の恋』(作詞は吉岡治、作曲は五木さん)がリリースされて好評です。こうした活動が新人、或いは後輩の演歌歌手に、さらにはファイブズエンタテインメントで育てるアーティストも出て来るように思っています。これは出会いがポイントですから、その時のために幅広い受け皿、気構えを持って、これは!という時に即、対応出来るようにしておきたい、またそういう事に臨機応変に立ち上がれるのを我が社の特徴にもしたく思っています。
 いずれにせよ、これから5年の間に、レコード会社としての大きな実績と、巾広くアーティストが世に出て行けるような形ができたら、と考えています。
 最後にファンクラブの皆様方へ…。
 昔は、例えばヒットすれば何かの賞につながったりとか、ハッキリした目標がありましたから、応援下さるにも張り合いがあったように思います。今も、賞獲りレースが盛んだった時分の、皆様方の熱気とパワーを懐かしく思い出します。しかし、こんな音楽状況になって、応援するのに目標が見い出せず張り合いがなくなって来た、との皆様の声を耳にするようになっています。
 五木のラッキーナンバー5が重なる55歳だから、40周年だから…いつもよりちょっと力を入れて応援しましょう…では、きっと皆様も盛り上りきらないのではと思います。 そこで改めて皆様方のご支援が、再び悔いなく完全燃焼していただけるよう、ここで大目標を打ち上げたく思います。
<五木ひろしは、40周年記念曲で大ヒットを達成させ、前人未到の3度目のレコード大賞を狙います>。
 先ほど申しました通り“歌謡曲の逆襲”も結果あってのこと。それを是非とも形にしたく思います。音楽状況は当初に比し激変していますが、レコード大賞だけは唯一当初から現在まで続く栄冠です。もう一度これを獲ってV3を目指したく思います。またそれが実現できるのは“五木ひろし”だけだとも自負しています。
 ここまで来ていながら(トップの座に居ながら、或いは55歳になっても)、何故そこまで夢を求め、追うか…と思われましょうが、これは船村・阿久両先生の今なおひた向きな姿勢からも容易に推測できるかと思います。五木ひろしもファンの皆様方も、そしてスタッフも夢を見、夢に向かって燃える仲間たちなのですから…。その実現が今年、或いは来年、いやもっと先になるかも知れませんが、少なくともここで(40周年の今)私たちの胸中にそれが秘めた決意としてあることをお互いに確認し合っておきたいと思います。
 また、そうした努力をすれば、例え思い通りの結果が得られなくても、そこから次にやるべきことも見えて来るに違いないのですから…。
 幸いレコード会社設立から約1年半。昨年55歳の展開内容も極めて良く、大きなジャンプに向かって良い感じでスプリング・ボードに乗れたと思っています。会社設立から無我夢中で走り続けて来て、改めて足許を固め直して迎える40周年です。その意味では心新たな再スタートです。
 現在の我が社のスタッフは全員“五木ひろしという状況”が出来上がってからのメンバーですから、当初のファンクラブの皆様方がかつて心をひとつにしてヒット、そして各賞獲りに燃え上がったあの感動と、ステップをそうして一段づつ昇って来たことを知りません。
 その意味でも、40周年の今こそファンの皆様方とスタッフが心をひとつに足固めをし直し、荒波に向かって改めて船出したく思っています。ファイブズエンタテインメント設立は、そもそも荒波覚悟の船出でした。ここまではなんとか順調に推移して来ましたが、これからは嵐が来ても揺らぐことなくパワフルに前進できる五木ひろし+ファンの皆様+スタッフの一団と化したく思っています。
 そんな気持ちで40周年を頑張って行きたいと思います。皆様の応援、ご支援を改めてお願い申し上げます。
(五木ひろし談/構成・編集部)



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