「三田文学創刊100年展」の開催
坂上弘(三田文学会理事長・作家)
2年前の2008年、ちょうど塾の創立150年の年に行われた「生誕120年記念小泉信三展」が三田の旧図書館を会場にして開催されて大成功だった。私は拝見して、これは見方をかえれば「三田の文人展」にも見える、と思った。学生時代から小泉先生は文学好きでまわりには、先生の義兄にあたる水上瀧太郎や、久保田万太郎、佐藤春夫などの同年輩の文人仲間がいて、荷風主幹で義塾が創刊した新鮮な「三田文学」を創刊号から毎号欠かさず読んでいたと書かれていたことを思った。
この三田文学は、明治43年創刊以来、どういう歩みをしてきたのだろうか。
さまざまな新人が輩出されてきたその瑞々しい歴史を、辿ってみようという創刊100年展の企画が、2009年の4月の三田文学会の総会で決められた。
創刊100年展
2010年の春、慶應義塾創立150年記念イベントの一つとして「三田文学創刊100年展」のための実行委員会が組織されてから準備が急ピッチですすんだ。委員長の長谷山彰常任理事のもとで、田村俊作メディアセンター長、関根謙文学部長、松村友視、佐藤道生の両文学部教授、坂本忠雄三田文学会監事に私が加わって会を重ねた。
さらに、創刊100年展の実行チームには、岩松研吉郎名誉教授、加藤宗哉三田文学編集長、石黒敦子三田メディアセンター事務長に加えて、武藤康史氏(評論家・塾員)、五味渕典嗣大妻女子大学専任講師(塾員)が中心となって、記念すべき創刊100年展の具体案が練り上げられ、いよいよ今月開催の運びとなった。
会期 10月25日(月)〜11月7日(日)
※土曜・日曜も開催
時間 11:00〜18:00
会場 三田・図書館旧館二階大会議室
主催 三田文学会/慶應義塾大学文学部
協力 慶應義塾大学メディアセンター/慶應義塾図書館三田文学ライブラリー
展示の構成
「三田文学」の最大の特徴は瑞々しさ。7回の休刊があり、年代順に追って行く。
@創刊のいきさつ
「三田文学」は明治43年5月号が創刊号である。文学部の隆盛のために雑誌がもとめられ、幹事の石田新太郎の率先主導によってもりあがった。美学を講義していた森鴎外にはかり、迅速かつ深遠な指導力で編集主幹候補には上田敏と永井荷風があげられ、実際には荷風に絞って招聘が決まった。
A荷風創刊期の「三田文学」(1910〜1924)
新鮮な編集の創刊号から荷風は自分の書くものはほとんど「三田文学」にのせるという力の入れようで、名編集長でもあり、一年後には佐藤春夫、久保田万太郎、水上瀧太郎といった学生作家を登場させる。しかし谷崎潤一郎の「(ひょう)風」を載せた号が発禁になったことなどから、大学側と対立する。荷風が去ったあとの「三田文学」は沢木梢が主幹となって続けられるが沢木が病に倒れ一時休刊する。
B復刊と瀧太郎時代(1926〜1944)
これを復刊させたのが瀧太郎たち「三田派」とよばれた新鋭たちで、文芸誌として独自の隆盛をほこった。荷風流の編集を発展させて「三田文学」を独自のジャーナリズムにした瀧太郎は精神的主幹といわれた。この時代は井伏鱒二、丹羽文雄、和田芳恵といった三田以外の新人も多く登場した(井伏らが当時の「三田文学」に書いた原稿が今回新たに発見され、展示される)。また西脇順三郎、石坂洋次郎、柴田錬三郎、原民喜などが活躍した「三田文学」の発展時代だが、瀧太郎の急逝は、太平洋戦争突入とあいまって「三田文学」の危機でもあった。
C戦後第一次(1946〜1950)
「三田文学」復刊への胎動は敗戦直後から始まっていた。丸岡明の能楽社が発行をひきうけ、原民喜の被爆体験を綴った「夏の花」がのった。この原民喜の豊富な新資料も展示を飾っている。
D戦後第二次(1951〜1954)
戦後の「三田文学」は戦後派の文学を乗り越えていく新たな動きの一翼を担った。松本清張、柴田錬三郎の芥川賞、直木賞作家が出て、安岡章太郎、遠藤周作ら第三の新人がデビューした。
E戦後第三次(1954〜1955)
戦後第二次が休刊すると新たに七人の編集委員のもとで当時大学院生だった桂芳久、田久保英夫、山川方夫の三人が復刊させて戦後もっとも瑞々しい雑誌となった。当時の山川や江藤淳の原稿なども展示される。
F戦後第四次(1958〜1961)と戦後第五次(1966〜1971)
この時期「三田文学」は、新人の作家、批評家にとっての登竜門としての役割を果してきた。
G現在(1985〜∞)
三田文学の歴史に、いまから25年前に画期的な体制ができ、会員制による三田文学会という支持者によって発行が続けられるわが国でも唯一の文芸誌になった。この母体に対して、大学からの支援がなされ、季刊「三田文学」が発行され続けている。
このほかに、特別コーナーとしてH「三田文学と演劇」、I「三田文学と現代詩」、J「三田文学と外国文学」のテーマで、「三田文学」が幅広い文学分野に取り組んだことを示した。三田メディアセンターに保存されていた小山内薫の未公表の資料の展示もある。
特別に瀧太郎コーナー
さらに、この100年を記念して「三田文学」の発展の最大の恩人である水上瀧太郎を紹介するコーナーを設けた。
こんどの100年展で瑞々しい作品がうまれた現場を知っていただき、次の100年に期待をよせたい。
会期中に記念シンポジウム
創刊100年記念と銘うったシンポジウムが10月30日(土)と11月6日(土)に三田キャンパス北館ホールで開かれる。テーマは、前者が「西脇順三郎」、後者が「文学・批評・翻訳」であり、文学部が力を入れている。
|
|