T−TALKS
2013.8/19 [ニューモデル]
PHASE 70mm type4 S(8.4g heavy sinking)
 ここのところblogだのフェイスブックだのに書き込んではいたが、こちらまでは全く手が回らず、新型投入を期に久しぶりに更新することにしました。
恥ずかしながら、前回ご紹介したフォトコンの商品さえまだ完成しておらず、まったくもって面目ないのだけれど、もうちょっとで出来るので気長にお待ち下さい(お詫びのおまけも付けますよ 笑)

さて、表題の新型ミノーは、バルサコアシステムのフェイズシリーズ最新機種、70mmタイプ4Sです。
50mmタイプ4Sは、レイチューンが作るならこうするぞ、という意気込みで設計した初のヘヴィーシンキングミノーだったわけですが、多方面より圧倒的な支持をいただき感謝に堪えません。
極低速からの意のままに操作できるハイレスポンスと、流れの速い流心をまたいでも、あるいは逆引きしても飛び出さない高速追従性という二律背反を、ここまで高いレベルで両立したミノーはない、といった趣旨のお褒めをたくさんいただき、それに気をよくして70mmバージョン投入と相成りました。

ご覧の通り基本的には同様のスタイルをベースとしていますが、大きくすると単調な線ではつまらなくなってしまうので少し抑揚を付けながらも、機能を無視したデザインのためのデザインに落ちることのない良い塩梅に仕上がったと思っています。

棒状のタングステンウエイトを並列に仕込んで重量を稼いでいますので、50mmを上回る低重心設計となっていて、低い位置のフラットアイと盛り上がった背中で構成されるディメンションと、最適面積最適角度を追求したFRPリップで駆動されるハイピッチウォブンロールは、既存のいかなるシンキングミノーにも無い、独特の生命観溢れる泳ぎを獲得しています。
50mmよりも少しだけ高速寄りのセッティングを施し、本流の太い流れの中を平然と泳ぎ切り、できるだけ小さなロッドアクションでヒラを打たせることが出来るように設計していますので、重量のあるミノーでありながらロングロッド操作時の負担を大幅に軽減しています。
また、今年の春以降採用している強化コーティング(と言いながら実はコーティング材を硬度の高いものから粘りのあるものに変更、結果的に塗膜耐久性が大幅アップしました)が重量のあるモデルの障害物直撃にも高い耐性を発揮しています。
内部構造を作るのがめんどくさいので少量生産となってしまいました。
次回もしばらく作りたくないモデルなので、早めに確保して下さい。
ではよろしくね。

ps.
70mmミノー限定フォトコンは10月10日まで受け付けます。
奮ってご応募下さい。



2013./3 [フォトコンテスト]
第1回ストリームアーマーフォトコンテスト 入賞者発表
最優秀フォト by 嘉村 圭一(以下敬称略) (佐賀県)
えー、決め手はなんと言いましてもOM-D(E-M5)にM.ZUIKO DIGITAL ED 60mmですね(笑)
フルサイズ一眼何するものぞ!の圧倒的描写力!欲しいなー。
嘉村君は昔から僕や松本師匠を慕ってくれていて、一時は僕がまだ早いからやめろっていうのにハンドメイドミノーを売ったりしていて、だけど今は立派に更正して(笑)新しい仕事と環境で嫁ちゃんと子供を育てているそうだ。
こんなヤクザな商売から足を洗って、俺は安心したぞ。
いつでも応援しているから頑張って仕事して、時々良い写真を送るのだ。

優勝商品 フルハンドメイドバルサミノー 70mmアユ S を一本進呈する。

よく見ると頭にボウフラ乗ってるで賞  by 小西 啓介 (大阪府)
いやいや、なんですかこの透明感溢れる写真は!
眼球の前あたり、生きてる魚の生々しいゼラチン質がプリップリですがな。
アオリイカ釣る時の活き鰺の針刺すとこ思い出しますなー(笑)
やっぱり朱点のあるアマゴはラブリー。

ストリームアーマー58mmを一本進呈する(これから作るわ…汗)

個性的な構図で賞 by 田中 孝 (千葉県)
諦観したかのようなまなざしのイワナが表情が印象的だけど、フォーカスは右寄りにピンを合わせて左にフレーミングを変えてからレリーズしたのか、はたまた近頃流行のあのうっとうしい顔認識機能によるものなのか、いずれにせよ元々の黄色にストリームアーマーのチャートカラーが反射していっそうチャーミングででっぷりとしたイワナの腹に「いいね!」

こちらもストリームアーマー58mmを一本進呈する(以下同文)

直立してるで賞 by 土沢 誠一 (東京都)
その昔、ヒラスズキ釣りの天才が釣ったワールドレコードは砂浜で横になることなく立っていた、と言ってたなー。
今年はヒラスズキがバカスカ釣れているらしいのに一度も行けず寂しいなーと思っていたところに直立ヤマメの画像が届いて釣友のシマやんを思い出す。
このヤマメもしっかり直立しているところをみると、横幅のあるそうとう立派なヤマメなんだろうなー。
個人的ノスタルジーを掻きたてる写真に一票!

こちらもストリームアーマー58mmの凄さを体感して欲しいので一本進呈(以下同文)

涙ぐましいで賞 by 桑島 浩二 (香川県)
魚もぜんぜんデカくもなく、写真もまったく素人だが、どうにかして写真に収めようと悪戦苦闘している姿が想像できて微笑ましいじゃないですか。
しかもフロントフックをがっぷりくわえて観念したアマゴの愛らしさが個人的にたまらないので入賞!

クワジーは時々工房に差し入れを持ってきてくれるので何かレアものでも出来たら進呈(笑)



以上、駆け足で発表しましたが、選に漏れた方もこれに懲りずに次回も振るってご応募下さい。
次はちょっとハードルを上げて、レイチューンのラインナップの中から70mm以上のミノーで釣った魚の写真コンテスト開催します(明日から募集)
えーと、期限は7月末にして8月に発表して、9月はまた違うのやりましょか。
ではでは、ケントウイノル!

2013.5/12 [春]
olympus OM-1 zuiko50mm/f1.8 RVP

竹藪は放っておくとどんどんと広がって、大変なことになる。
そこで、食べようが食べまいが毎日タケノコは掘らねばならない。
77歳になった今でもワラビ折りやタケノコ探しが大好きな母が探して、枯れ枝で印を付ける。
それを頼りに僕が掘るのである。
刺身にしたり煮付けたり天ぷらにしたり、春は毎日タケノコ料理だ。
連日のタケノコ料理にはだんだん参ってくるが、良いこともある。
毎年数百本単位で掘るから、春の間だけは上腕筋がモリモリだ(笑)
もう一つ、春といえばワラビだ。
母は若い頃から山菜取りが大好きで、今でもタケノコ料理の合間に、いつの間にか採ってきたワラビ料理を挟んでくる(笑)

昭和40年代、当時はまだ卸売り市場の仲買人が朝早く農家を廻って集荷する仕組みがあって、農作物のみならず、春にはワラビ、ゼンマイ、タラの芽、筍。
秋にはキノコ、栗、柿等の山菜や果実も人気の商品で、春の休日は母と小学生の僕と妹の3人で一日に山と麓を何往復もして、一輪車に2杯も3杯ものワラビを折って、帰ってから長さを揃え、少しずつの束にくくった。
翌朝の集荷までに荷造りを終え、父と別居したばかりで母の和裁の仕事のみでは賄えない生活費の足しにしていたのだ。
大人になって、その時の母の気持ちを思えば、さぞ苦しかっただろうと悲しくなったりもしたが、子供の僕らにしてみれば、「あそこにもあった、こっちにも」と、ただ単純にワラビをたくさん見つけることが楽しくて、母と妹と共に山を歩き回ることが幸せで、自分たちの境遇がどうとか、そんなことは全く考えもしなかった。

あるワラビの生える山の斜面に、大きな松の木が倒れた後に出来たウロがあって、ワラビを探して這い回るうちに偶然ウロの中にフクロウの雛が居るのをみつけた。
穴の中には2羽の雛が居て、片方は真っ白いふさふさの毛で大きく、もう片方はくすんだ灰色の毛で半分くらいの大きさだった。
後で知ったのだが、フクロウは強い雛に優先的にエサをやり、先に育てるそうだ。
次の年も同じように雛が居て、クリクリとした大きな目に魅入られるようにじっと観察していると、突然後頭部で「バサッ」という大きな羽音がしたと同時に、背中にドンッという重みとギッと何かが突き刺さる痛みが走った。
ワーッと驚きと痛みで僕は仰向けにひっくり返ると
目線の先には翼長が1メートルは優に超える大きな親鳥が飛び去るところだった。
フクロウの羽にはサイレンサー機能があるそうで、滑空からブレーキングで羽を広げてバサバサと羽ばたくまで音もなく空中をすべり、風もない静かな午後の林であったにもかかわらず、確かに僕は直前まで全く気付かなかった。
後で鏡で背中を見ると、幾つかの爪による穴が開いてまだ血が滲んでいた。

その次の年には雛はおらず、代わりに2個の卵があった。
僕はどうしてもあの真っ白い雛を自分で飼ってみたくなって、悪いことだと頭で分かっていながら、卵を1つ失敬した。
卵は暖かく、手のひらに生きている感じがじんわりと伝わってきた。
ところが斜面を下りる時、落ち葉に足を滑らせて、その拍子に卵は手からこぼれて斜面を転げ落ちてしまった。
あわてて拾いに行くと、卵には一部小さなヒビが入っていて、更に悪いことに1円玉の半分くらいの大きさで殻が欠落していた。
それでも中身は卵殻膜で守られていてどうにか形を保っていて、割れたところから薄い卵殻膜を透して恐る恐る覗くと、殻の内側全体を覆う様に縦横に走る赤い血管が見え、卵白の底の方には成長途中の雛の目玉もぼんやり見えていて、僕は恐れをなして「なんてことしたんだ」と、自分の行為がたいそう悔やまれてならなかった。
いまさら巣穴へ返しても母鳥の重みで卵の殻がもつはずもなく、雛を活かすことができないことを悟った僕は、後悔しながらそっと卵を家に持ち帰り、無事に孵化してくれることを一心に願いつつ、こたつに入れたり毛布でくるんだりしてみたが結局は死なせてしまった。
ぼくはたいそう落ち込んで、しばらくは食事も喉を通らなかった。
どうにかして誰かに自分の罪を許してもらいたいような心境だった。

それから2週間ほどして巣穴を覗きに行ったが、その時はもう卵も雛もいなくて、何かの動物に襲われたのか、人間の気配に親が巣穴を捨てたのか、どちらにしても責任の一端は自分にあるような気がして、その春の間じゅうずっと気持ちが晴れず、それからもしばらくは心にわだかまりが残ったままだった。
次の年はウロの中にまったく生き物の気配はなく、落ち葉が降り込んで堆積していた。
中学に進学し、僕も時々親戚の手伝いで小遣い程度だがバイトをするようになり、自分の小遣いが出来ると自然と興味が他に移って山へは行かなくなった。
だけどやっぱりワラビが生える頃になると、今でも母や妹と歩いた山のこととフクロウを思い出す。

2013.3/11 [記憶]
ホットショット再生プロジェクト(写真は45mm ニジマス slow sinking)
東北の友人達の暮らしをblogで覗かせてもらったり、たまには電話で話をしたりしていると、一見困難な時期は過ぎ去って、今は復興に向けて頑張っているから心配要らないよと言わんばかりの何気ない日常の様子ばかりが映るけれども、決してそうじゃないんだろうなとつい安直に考えがちな自分を戒めている。
何も出来ない自分の無力にいつも落胆するけど、貢献できる場面というのがそれぞれにあって、むしろこれからが僕なんかでもお役に立てるんじゃないかという気がしている。

先週飼い猫が死んだ。
このサイトにも何度か登場した雌猫だ。
子猫の時に拾われてきて以来、良くなつき可愛い奴だった。
大切なものを失う痛みというのは、その記憶が幸せであればあるほど深く辛いものだ。
3月11日という日に際し、震災でご不幸に遭われた人々の気持ちを、こんなことを通してでしか想像できない自分が情けなくもあった。
しかし、こころざし半ばで亡くなられた人々の気持ちにも、あらためて少し思いをはせる時間が持てた。

先日、『鱒の森 no.17』に掲載して頂いた「ホットショット再生プロジェクト」に携わりながら、あらためて松本功さんの魂に触れた思いがして、故人の気持ちが直に伝わってきたように感じた。
誌面にて、僕の感じたことや今の心境などは書かせてもらったのでここで重複することはやめとこう。

さあ春だ。
俺たちバカ釣り師たちの命の時間が始まる。
立ち止まらず、たゆまぬ努力を続けながら生き続ける。
言い尽くされた言葉だが、それが我々バカどもの使命であり、死んだ者への何よりも真摯な手向けである。


ps.
再生ホットショットは、松本さんが生前お世話になっていたショップさんを通じて販売させて頂いております。
遺品整理の時と同様、お母様の生活支援を目的としていますので、その分を含んだ金額とさせて頂いておりますので、ご理解頂いた上でご購入下さい。
オークションを避けたのは、アンリミテッドバージョンは10万円を超える恐れがあるのと、投機目的の入札が避けられないと判断したためです。
私の手元にも極僅少残っておりますので、興味のある方はナチュラリストさん、OPA!さん、もしくは当サイトのメールボックス宛てにお問い合わせ下さい。