2006年12月15日
▼「てつや、左右から来た波と波がぶつかるとどうなると思う?」
僕はぶつかった波の頂点が高くなると答えた。
「それがね、何事もなかったかのようにスルリと行き違うんだよ。」
「そういうことを論理的に立証するのが俺の仕事さ」
父方の叔父は流体力学の先生で、男前で独身で、だけど女の子にはいつも自分から別れを切り出してしまうんだと、そしていつか徹也にもそういう気持ち分かってもられば叔父として嬉しいなぁと、モーツァルトが低く流れる五階の部屋のベランダ越しに、鉛色に光っている西本願寺の大きな屋根へ遠い視線を送っていた。

ある日、東山を並んで歩きながら、
一番好きな本は?と尋ねると、少し間を置いて「月と6ペンス」だと、僕がまだ読んだことのない本の名前を教えてくれた。
サマセット・モームが画家のゴーギャンをモチーフに書いたと言われるその本を、早速買って読んではみたものの、それが一番好きだという理由も、もちろん自分から女の子を振ってしまう気持ちも計りかねていた。
なぜならば僕はまだ、天にも昇る喜びも、耐え難い苦しみも、謙遜とか忍耐とか、そういった人生に欠くべからざるエッセンスを何一つ知らぬまま、のほほんと生きているただのアホだったから。

二十数年が経って、僕は今でも自分から別れを切り出したりはできないけど、叔父さんの気持ち、とてもよくわかるよ。
芸術家肌の叔父さんが、あの小説の中に何を見ていたか、やっと少しだけ理解できるようになったよ。

京都を離れて以来、叔父さんとは会っていない。
あの日も強い風雨に落ち葉がたくさん舞っていた。
CONTAX T3 Sonnar T* 35/2.8 RDP3

▼昨日、久しぶりに見たタンク(田中君のあだ名)は、冷たい風に短い髪を逆立てながら、自転車をビュンビュン漕いで通勤していた。

このあたりまで帰ってくると、ここから先はT字路のそれぞれの方角へ手を振って帰ってゆくのだ。
タンクとは一緒に帰った記憶はほとんど無いが、T字路の右手の先にある法然寺の森を見るといつも、あータンクは毎日あの鐘を撞いているんだなーと思うのだった。
小学、中学、高校と、足かけ何年だったか忘れたけど、タンクは毎朝毎夕6時に法然寺の鐘を撞き通したのだ。

一生懸命勉強して、慶応ボーイに坊主頭は似合わないとからかわれつつも、卒業するとちゃんと故郷へ帰って就職したと聞いた。

そのタンクが、あの頃よりもっと優しくたくましい風貌で、今日も短髪で自転車をビュンビュン漕いでいる。
その事が僕はとてもとても嬉しかった。
出世してメルセデスに乗るより何倍もかっこいいと思った。

今度、相対速度が低ければ、「タンク」と呼んでみようと思っている。
でも漕ぐスピードが速いから難しそうではあるけどね。
CONTAX 137MD Distagon T*25/2.8 E100VS

▼時として写真は、テクニックとしては全くの失敗作が思わぬ効果を上げることも多々あるわけで、フィルムの整理をしながら今年のベストショット候補を選んでみると、このカットは間違いなく上位に食い込むわけです。
どうです?この笑顔、このブレかた。
まるで飛び出す絵本(ふっる〜)を見ているようでしょう?偶然とは言えねぇ…
そこがまた面白いんですよね。

僕が人間の写っているカットをあまり撮らないってのは、人の表情より強力な被写体なんて無いと思っているからなんです。
つまり、どんなフレーミングでも甘いピントでも、使い捨てカメラのレンズでも100円フィルムでも、そこに人さえ写っていればストーリーが生まれ、それなりの写真が成立してしまうから、人間抜きで成立するようなカットをものにしたいと頑張っているんですけどね、フィルム一本に1〜2カットかな、ましなのは…

そう考えてみると僕は、あれこれ考えながらシャッターを切る、そのこと自体が好きなんだなーと思います。
だからデジカメを最近買ったけどあまり使わないんです
機械のおつむ優秀だからあまり考える事ないし、すぐに撮り直しが利くところが自分の恥ずかしい過去を消しているようで、なんだか潔くないんです、僕的にはね。
きっと、あの小さなモニターで見ながら撮ったなら、このカットは消してただろうなぁ。

でも、なんだかんだ言っても人の写真はやっぱりいいなぁ…
来年はコンパクトカメラでもっと人間撮ろうっと。
Vario SonnarT*28-70 RDP3 開放

▼「世界一かっこいい日本人」という称号は、イチローでもシュンスケ・ナカムラでもなく、指揮者の小沢征爾に冠されるべきと僕は勝手に思っている。
「僕の音楽武者修行」という彼の著書から、ますます惹かれるようになって、とうとうリハーサル終了後の楽屋まで押し掛けて、握手してもらって、サインもらって、写真撮ってもらって、そらもう感激したなぁ。

それに引き替え、マネーゲームの寵児達の格好悪さときたら、あんな優秀な人がどうやったらあんな表情になるのかと思うくらい貧相に見えるのは僕の偏見だけど、偏見と分かっていても拭いきれなくて困ってしまう。
彼等も必死に自分や周りの人達の為に知恵を絞って生きてきたはずなんだけど、何かが足りなかった気がしてならないな。

「武士の一分」の、いちぶんというフレーズで少しピンと来た。
自分というものをわきまえて謙虚でありつつ、音楽という譲れない強い信念を持っている人と、いろんな手段で自分をどんなに大きく見せても、屁理屈以上の大切なものをどこかに置き忘れた人間の対比として、僕の出来損ないのおつむは捉えているのだな。

あーいかんいかん、なげかわしき単細胞だな我ながら…
人の愚かさもすっぽりと優しく包む、青く澄んだ空のようでいたいものだ。
DistagonT*25/2.8 E100VS F4 -0.7EV

▼うちのお袋は時々やらかしてくれる。
昨日僕は10年越しの念願であったカンナギ(マハタ)
を釣ったのだ(ちびだけど)
本当は皮をそぐ事から初めて、その身は鍋やしゃぶしゃぶに珍重され、肝はフォアグラより高いといわれる高級珍味なんだけど、僕が捌こうと思ったらすでにお袋が、普通の魚のように皮をひいて、内臓は廃棄して、お刺身用の三枚に下ろしてしまっていたのだ。
「あ〜なんということを〜!」
時すでに遅し、僕は深く深くうなだれるのであった。

一緒に釣ったヒラメと共に夕餉の食卓にのぼり、僕はシクシク泣きながらマハタの刺身を口へ運んだのだが、「おーっ!」「なんという旨さ」
お袋さん、すまん。
くどくど文句言って悪かった。
旨いもんはどうやって食っても旨かった!
絹のように細やかな食感に、甘い脂の乗った上品な身はとんでもなく美味い。
横に盛りつけてある58cmの天然ヒラメもかすむほどだ。

あー明日は、頭とカマ部分と中骨で何か鍋っぽいものも試してみよう。
明日のメインは大きなアオリイカなのだ。
これで今年も釣り納め、食い納め…
とか言いながら、潮が良い穏やかな夜は、メバル釣りに行くんだろうな。
なんじゃそりゃ…
OLYMPUS OM2 APO-LANTHAR90/3.5 E100V


2006年11月3日
▼モデルNO.:TT70FTA AYU
どんな流れの中でもきちんと泳ぐ事を身上として来たレイチューンですが、ヤマメ釣りを初めて以来、時として違う仕様がより楽しめそうだという予感がしていました。

もちろん限られた状況下でのみ、そのポテンシャルは生きるのだけど、「こんなんあったらなー」と、僕自身が一瞬感じた痛痒を払拭するために作ったミノーです。

腕の立つアングラーには相当楽しめると思います。
ちなみに奥の:TT62FTA YAMAMEも同傾向のセッティングです。
末尾にAが付いてるモデルは要注意!
(Aって何のこと?て聞くべからず、AはAさ)
CONTAX RX2 S-planar T*60mm/2.8 RDP3 開放 AE+1

▼布団を敷いてから、布団の横の畳の上で寝る前のストレッチとかしてたら、そのままうとうとしてしまい、朝方4時頃寒くて目が覚めた。
もう少し寝ようと布団に潜り込んだつもりだったが、6時に目覚めたときは敷き布団の下だった。どうりで重いと思った。

さて、そろそろ起きようと立ち上がると、敷き布団の重みで左足が痺れていて、踏ん張りの利かない僕はわけもなく転んでしまい、ゴツンとテレビに頭をぶつけた。
そのあまりの無様さに我ながらおかしくなり、朝から声を出して笑った。

ボテッと転んだ拍子に腰までもギクッとなったが、実は最近、腰の調子が悪くてジョギングもずっと休んでいたほどなのだが、どういう具合かそのギクッ以来、だいぶ腰が楽なのだ。
これこそまさに怪我の功名ですな、わはは〜。

窓を開けると外は一面の朝露で、草も田んぼも白いベールをかぶっている。
四国でもうそろそろ朝の気温が10度を下回るだろう。
そりゃ敷き布団の下に潜り込んでしまうはずだ…
なんでやねん

何事もなく穏やかな秋の日は過ぎて行き、あっと言う間につるべ落としの夕暮れが訪れる。
ルアーなど作っていると、こんな事がいつまで続けられるのだろうと焦燥は募るばかりだ。

すでに山の稜線の向こうへ日は沈んでしまったけど、そこだけが何かに照らされているように、
黄色いコスモスがひとかたまり明るく輝いて揺れていた。
Planar T*50mm/1.4 RDP3 開放 AE+1/3

▼ごく初期のフォルクスワーゲンビートルには、年式によって、スプリットウインドウ、オーバルウインドウなどのバリエーションが存在する。
こいつは本物のオーバル(楕円)ウインドウで、昔は欲しくてたまらなかったなぁ。

僕が乗っていたのはずっと後期のモデルで、空冷フラットフォーエンジンも1600ccまで拡大された頃のものだった。
10万円で譲ってもらったおんぼろビートルを、知り合いの塗装屋さんの工場で、自分でシコシコ半年掛けてペーパー掛けやパテ埋めをして塗装代を大幅にまけてもらい、その間に内装を張り替えたりして相当気に入って乗っていたんだけど、もらい事故でおシャカにしてしまったのだ。

他にも360ccツインキャブで8000回転までビンビン回るホンダライフ、ミニクーパー1300、ゴルフ2(一番のお気に入りだった)
とか、とにかくへんてこりんな、しかしとてつもなく面白い車を自分で安くいじるのが大好きだった

友人達もアルファロメオジュリアだとか古いポルシェ911だとかMGBだとか乗ってたから、エアコンが無い!とか、キャブは季節や天候によって自分で調整しないといけないとかは当たり前で、そんな普通じゃないことも苦痛どころかぜんぜん楽しかった。

友人の車屋は、この類の車ばかりを専門に扱っているから、タイプ1(ビートル)タイプ2(バス)
やタイプ3(ワゴン)などの目の毒がいつも入庫している。
速くて快適で便利な、おそろしく良くできたパサートワゴンの次に、なぜそうなるのか、またぞろおんぼろのゴルフ2GTIか、フラットフォーを手に入れる妄想を抱くこの頃なのだ。
OLYMPUS XA2 Kodak PORTRA BW400


2006年9月26日
▼あぁ、何年ぶりだろう。
本流以外、いわゆる渓(たに)で尺アマゴを釣ったのは…
滝壺の大淵で、流芯を何投か通したあと、対岸の壁際へNSA65RFをフルキャストして、2度ギラギラッとルアーを踊らせると、ドカンとヒットした。
流芯をまたぎ、こちらへ寄せる間、何度もグルグルとローリングして抵抗したが、針は外れることなく無事ランディング出来た。

その堂々たる面構えに畏怖に似た感情を覚えた僕は、婚姻色に彩られた素晴らしい体高の体躯を見つめたまま、しばし言葉を失い、深い森の奥底で一人、滝の音に包まれていたのだ。
YASHICA FX-D S-planar T*60mm/2.8 RDP3 開放 AE

▼そのレンズの名は「S-プラナー」と言う。
後にマクロプラナー60mmと改称されるまで、スペシャルのSを冠された、カールツァイスの中でもとびきりの銘レンズの一つである。

キタムラカメラへフィルムを買いに寄ったら、ショーケースの中で安い値札を付けられたまま淋しそうにしていたのでつい買ってしまった。
リングの縁にわずかな当たりがあるから安いのだそうだ。
そんな事どうだっていい。

相当大柄なレンズだが、その写りを確かめたくて、早速渓流へ持っていった。
確かに大きくて重くてハンドリングは悪いが、現像があがったその写りは、やはり噂にたがわず腰を抜かす程素晴らしい。
スキャナーで読み込むとたいしたこと無く見えるが、ポジを見るとぶったまげるのだ。

小型で優秀なオリンパスのマクロがあるから、渓流釣行ではそうそう出番は巡って来そうにないが、その重さのハンディキャップを押してでも持って行きたくなるような名品に、僕はまた巡り会えた。
YASHICA FX-D S-planar T*60mm/2.8 RDP3

▼ミス高松に選ばれたこともある従姉妹の沙織も、今はもう良いお母さんである。
今年は栗が大変な豊作で、おじいちゃんとおばあちゃん(つまり僕の叔父と伯母)と連れ立って、お彼岸のお参りのついでに栗拾いに来たのだ。
火箸で栗のいがをこじ開けて、30分も拾うとバケツがいっぱいになる。

僕の工房の裏には4本の栗の木があって、仕事をしてると屋根にゴツンゴツンと栗がいがごと落下してくるから、静かに集中しているときなどは、かなり心臓に悪いのだ。

僕にはいとこが7人いるが、6人までが女だから、その子供達の名前を全部覚えるのは大変だ。
とりわけ沙織の子供の名は「まはろ」といって、なんだかとても覚えにくい。
良くは知らないが、ハワイの現地語の挨拶から由来しているそうだ。

ときどきこうして訪ねてくれて、まるで兄弟のように接していると、いとこは多いほど良いなぁとか思えてくる。
どういうわけだか僕の息子達には一人のいとこもいないのが、こんな時はかわいそうに思えるものだ。
CONTAX RX2 Planar T* 50mm /1.4 RDP3


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