▼ 申し分のない朝だ!
地面と草木は朝露に濡れ、樹上では栗のいがが重そうに梢を垂らしている。
そうさ!釣りに行くのだ!
朝もや揺らぐ渓流へ、出かけるというより僕は、「帰る」という言葉に近い心持ちなのだ。
大歩危小歩危と呼ばれる奇景を左の車窓に望みながら、南に見えるあの山の向こうの斜面を東から西へ流れ下る渓が目指す目的地である。
いったい何度その川へ通ったのか、平均年に5回としても10年は経つから50回は行っている計算になるなぁと、一つ一つのカーブの曲率までも体に染みこんでしまっている自分に呆れつつ、あの渓での様々な出来事を思い返している。
ハンドルを切りながら幾つもの記憶が浮かんでは、前車のストップランプが点灯するたび頭の中のその光景は消えて、また車が流れはじめると眼前の光景はいつしか釣りの情景に変貌する。
今日の入渓点はどこにするのか、想像より水量が多かったらあそこは渡れない、あの堰堤は右から巻くんだったか?いや、左の斜面を木の枝につかまりながら登るはずだ、そこから先は…そのルートは何年かぶりだからどうしても想い出せない。
しかし想い出は一瞬で過ぎ去り、それよりも今日の限られた時間をいかに楽しむべきか、知らず知らず意識はその事にのみ集中している。
思えばはじめてこの渓に竿を出したときも、今日のような笹濁りに増水した曇天の午後だった。
国道から見下ろせるいかにも良さそうな大淵への階段を見つけ、スニーカーのまま7feetの竿に8cmミノーをぶら下げていそいそと駆け下り、岩の陰から息を殺して投げたその一投目に、いきなり巨大なアマゴがチェイスして、食いきらずに流れの中へアマゴが反転して行った後になってにわかに鼓動が早まり、それはしばらく続いて、次のキャストがなかなか出来なかったのを良く覚えている。
結局その大物を仕留めることは出来なかったが、少し上流側へキャストして28cmと27cmだったか、尺には少し足らないけど丸々と肥えた見事なプロポーションの2匹が釣れたのだった。
上流へ下流へ、本流のみならずその深い渓の支流という支流を、それこそ提灯釣りがふさわしいような源流まで、数年をかけて僕は探釣した。
この渓の入り口には、旧建設省の建てた砂防資料館なる物があるほどに、四国を吉野川を境に東西に走る中央構造線の南側、共に比較的もろい堆積層である山波川層と秩父層との境界線付近にあたるこの土地は全国に名だたる地滑り地帯でもあり、小型のダムに匹敵する規模の砂防堰堤が何十段も続いている光景を目の当たりにすると、過去いかにここの住人達が苦労したかが伺い知れる。
わざわざ堰堤工事の正当性を声高にアナウンスするかのような資料館を建ててまで、この地に巨額の公共事業費を投入してきたのかと、うがった見方も出来なくは無いが、かつてこの大いなる吉野川の河口付近でサツキマスを狙っていて、濁りで釣りにならず、それならば渓流釣りに切り替えようと延々上流を目指したとき、その濁りの元凶が河口から100km近く離れたこの渓で、上流では何カ所も山肌や道路が崩落し、集落は孤立し、まったく釣りどころでは無いと知らされ、はじめてこの国道沿いの砂防資料館の意味が腑に落ちた経験が僕にはあるから、この地に限って言えば国土交通省憎しとは単純に言えない気がするのだ。
しかし今日の濁りの犯人はこの渓ではない。
4日前の大雨で上流の日本最大規模の早明浦ダムにも大量の濁水が流入し、通常のように泥の浮遊粒子が沈殿するのを待ちながら表層水を放水していたのでは、いつまでたってもきれいな水の供給がままならないとの公団の判断から、今はダム中段の放水口を開放し、中層の濁りのきつい部分を取り除いてしまう作戦の真っ最中なので、いつもとは違いこの渓より本流が濁っているのだ。
だから、はたして支流の濁りがとれているのか計りかねて不安なまま、濁った本流を左に見つつ車を走らせていた僕は、本流へと勢い良くクリヤーな水が合流してゆくのを発見したとき「やったぁ〜!」と声をあげたのだった。
だけど、さっさと出れば良かったのに何やかやとすべき事を思いだしては片づけていると、出発時に時刻はすでに11時を廻っていて、朝もやなどとっくに消えて、炎天下の道路には陽炎が揺れていたのだった。

CANON EOS100 EF28-80 RVP AE
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