握手すること1
YASHICA FX-D Planar T* 50mm 1.4  開放+2 kodak E100VS
▼ かつて真剣に格闘家を目指したという屈強な体躯の親方も、以前それらしきものを目撃して以来、幽霊にはめっぽう弱いと真顔で言うから、僕は可笑しくなってしまった。
なのに焚き火が好きで、山の稜線に囲まれた狭い空が好きだと言うのだから…

「僕は夜、メバル釣りに行く時、お墓の横を通っても平気っすよ」
「だって、死んだ肉親や友人達に、幽霊でもええから出て来い!言うても出てこんもん、他人なんか出るわけないと思てるんです」
『わたすも昔はそうだったんすけどねぇ〜、見ちゃったからねぇ〜』
そう言われると、僕の屁理屈なんか通用しない神秘があるのかもしれないと少しは思ったけど、それでも僕はちっとも怖くはならなかった。
得体の知れない恐怖なんかより、目の前の焚き火の心地良さが、はるかに強く、暖かく、僕達を包んでいたのだから。

大ちゃんがTう〜、たまんねぇ〜!Uとつぶやく。
『うんめぇ〜』と親方も笑う。
「なんだこりゃぁ〜!」と僕はそれ以上の言葉を継ぐことができない。

皆で集めた薪が燃えるその横で、僕達がビールを飲みながら(僕は下戸だけど、こんな時だけ少し飲むのだ)くっちゃべっているうちに、ヤマメとイワナからは余分な水分と脂が滴り落ちて、徐々に飴色に燻されてゆくのだ。
こぼれた脂が、頭を唐揚げのように焦がし、皮はパリッと焼かれてゆく。
何度も言うようだが、親方が河原で焼く渓魚は、どんな形容詞も追いつかないくらいとんでもなく旨い。
1時間以上かけて桜の枯れ枝で焼くのが秘訣だといえばそれまでかもしれないが、僕が思うに、秘密はそんなところにあるのではなくて、1時間も楽しく待っていられるかどうかというところが問題だと思うのだ。
心地よい時間が流れ、気が付けばヤマメは焼き上がっている。
良き友人こそが、旨いヤマメの塩焼きには必須条件なのだ。

「今度はランタンが一丁いりますねぇ」
僕と大ちゃんが交代でニギニギする手動発電の懐中電灯の頼りない明かりの下で、イワナの刺身を捌きながら『そっすねぇ』と親方は笑った。


YASHICA FX-D Vario Sonnar T* 28-70mm AE 開放 kodak E100VS
▼今年も去年と同じように、広瀬川の本流へ、まずは入った。
ここ数日少し減水しているそうで、大物の期待は薄らいでしまったけれど、東北で言う所の大物とは、尺を優に越える35〜40cmクラスのことだから、僕はまったく不安などなく、大いにわくわくしているのだ。

雪代の影響が残っていた去年とうって変わって、今年は汗ばむほどの陽気だ。
それでも半月ほど前に入った四国の渓より、かなり水温は低い。
この安定した水温が、渓魚を大きく育むゆりかごであることは明白だ。

毎日誰かは入渓しているというメジャーなこのポイントでも、あっさりとヤマメは釣れる。
大きな淵でチェイスが見えた直後、追ってきたグッドサイズの奴ではなかったが、ミディアムダイバーに換えた次のキャストに、きれいなヤマメががっぷりとミノーをくわえていた。
あ〜、なんというプロポーション。
おねーちゃんでいうと83-58-85くらいですか?
たまりませんな〜、ファーストフィッシュは23cmと
大きくはないが、思わず見惚れてしまいます。

去年、だいぶ勉強したので、ヤマメ釣りもかなり得意種目になってきました。
アマゴ釣りより遙かにスローな釣りですが、要領を得るととっても面白いです。
ミノーもそれに合わせてセッティングしてきたので首尾は万端、仕上げをご覧じろですな。

少し釣り遡った瀬で6連続ヒット、うち3匹ランディングして、僕は天を仰ぎ「あ〜」と目を閉じて深呼吸した。

YASHICA FX-D Vario Sonnar T* 28-70mm  AE 5.6 RDP3

▼T最後の堰堤のヤマメは惜しかったですねぇU
と大ちゃんと親方が焚き火のそばで言った。

「いや〜、それがねぇ、ちょうど僕の位置からは水面が光って、チェイスが見えんかったんですよ」
『35cmくらいのが4〜5匹、束になって追っかけてたですよ』
「そうでしたかぁ、わかっていればねぇ、方法もあったのに」

そのうちの一匹がチョンと針に触ったことだけはわかったのだが、僕にはサイズや追い方まではわからずに、早々に諦めてしまったのだった。
その様子を少し高いところから俯瞰していた二人は、Tうぉ〜!Uだとか『ひょえ〜』だとか、我がことのように興奮して叫んでいたそうだ。
堰堤からの爆風と強烈なミストを浴びていた僕は、二人が何やら言っているのはわかったが、はっきりとは聞こえずに、後でその様子を聞かせてもらったのだ。
T最終日のリベンジに期待しましょうUと大ちゃんがビール片手に僕に言った。
「もちろん!」
僕は大ヤマメをランディングする空想に胸膨らませていた。

堰堤に降りるとき、「大ちゃん、もう薄暗いのにサングラス外さんの?」と僕が聞くと、T飛沫でコンタクトが流れますUと言っていたのが、そこに立ってみて実感できた。
霧吹きよりもずっと細かな、濃い霧のような水飛沫が、膜が覆うように襲ってきて、みるみるうちに濡れそぼり、目を開けていると目薬をさしたように視界がぼやけてゆき、顔面を滴が流れ、服も重く冷たくなってゆく。
その濡れた服も、イワナご飯を平らげる頃にはすっかり乾いていた。