5月31日は、サツキマスを狙うトラウティストにとって、一学期の終業式のような感慨をいだかせる特別な日である。
翌朝には、夜も明けやらぬうちから、10mもあるアユ竿の放列が岸にずらりと立ち並ぶ。
広大な本流を独り占め出来る最後のこの日には、心が落ち着かず、仕事もそそくさとかたずけて川へ誘われてしまうのが最近の恒例になりつつある。
しかし以前はそうではなかった。
この時期には既にかなりの釣行をかさねており、それなりの釣果も得て、おろおろと取り残されるような気持ちになって狼狽することなどなかった。
ところが近頃、どういうわけか儲かりもしないのにやみくもに春が忙しい。
イライラしてもどうにもならず、ただやみくもに忙しい。
そんな気持ちが、今日を逃したら今年はもう釣れんのとちゃうか?という焦りになって、無理を押してもこの日に釣りに行こうとしてしまうようだ。
結局今年は、今日5月31日を含め、2回しかサツキ釣りに行っていない。それもどちらも半日のみの釣りである。
「今日な〜、5本掛けて2本とったで〜」
「獲った大きい方が42cmで、ばれた奴はもっとずっとでかかった!」
「チェイスはすごいあるよ、早うおいで」
と、お呼びがかかった5月半ばのある日の翌日早朝、僕は何をさておいてもこの時合いを逃してなるものかとばかりにフィールドに立っていた。
ところが、なぜか釣りとはいつも思惑通りにはいかないものである。
こんな知ったふうなこと言いたくないのだけど、でも特にサツキ釣りとは実際こうしたものなのだから困ったものである。
この日は案内役が好意で良いポイントを譲ってくれた、前日4本掛けて10回以上チェイスがあったというポイントでさえ、ただの一度も魚を見ることはなかった。
たしかに釣りとしてはまことに辛いのだけど、そんなにブルーではない。
我が四国の川は、そんなことをほんとに忘れさる見事な美しさで魅了してくれる。
それに、ちょっと釣り方を変えれば、いろんな魚が遊んでくれたりもする。
かなりのキャストで魚が出ないことを知った僕は、早々に戦闘モードを解除していた。
案内役はどうも納得していない様子で、延々キャストをくりかえしているが、僕はもう半ば満足していた。
今日はマルタに遊んでもらおうと決めて、流れの撚れるあたりへ10cmのミノーをキャストすると、すぐに反応がある。
50cmはゆうにあるりっぱなマルタウグイがヒットする。
サツキで無いことは、経験からヒットした瞬間にほぼ判別できるので、楽な気持ちで寄せてくる。
今日は6ポンドしかなかったのでそれを巻いてきたが、明らかにオーバーパワーで、急流を横切るように強引に寄せてしまうことが魚に申し訳ない感じがしてしまう。
最後はポンと抜いて、写真撮ったらフォーセップで針をはずして即座にお帰りいただく。
「あ〜、たまらなくええ感じ」
サツキは姿を見せなかったけど、深呼吸するように心がそう反芻していた。
 
そして今日である。
久しぶりに楠本ナオキと釣りをする。
あいかわらず飄々としたおもろい奴である。
年齢がひとまわりも離れているが、なぜか馬が合う。
そして釣りは尋常でない腕を持つ頼れる相棒だ。
いきなり数投でヒットしたのは、サツキとは呼べないようなかわいらしいギンケアマゴであった。
サイズはともかくとして幸先がええな〜と、ほんとは抜きあげたのにわざとらしくネットに入れたりして写真を撮ってみた。
流れに入れてやると、手のひらをカタパルト台のように利用して、尻ビレでグンと蹴って帰っていった。
直後に釣れたのは今の本流マスよりずっと大きいウグイ。これも即座にリリース。
そして、流心でガツンと来た!
一瞬ギラッと魚体が翻る。
針には乗らなかったが、体高からしておそらくはかなりのサイズのサツキであったろう。
ネクストに賭けてキャストを繰り返すが、その後は続かなかった。
ひとしきり釣りをして、下流でナオキがまだ竿を振っているあいだ、移動の途中ひどいぬかるみであまりに汚れた車を洗おうと、調子こいて川の中を走っていたら事件が起こった。
ステアリングは陸地側へ切っているのに、車が傾斜に逆らえず川の中へ…
水没直前で停車して、すぐにエンジンを止めて脱出して見てみると、危ういバランスながら踏みとどまって、これならロープでなんとかなりそうやと一安心。
しかしロープである。
ついこないだまで11年間乗っていたパジェロでは3回スタックさせた前科があるので、ロープは常備していたのだが、乗り換え直後で何も持っていない。
しかたなくどこかで借りるか、買ってきてもらおうとナオキを呼びに行く。
「またやったんか!」
「すんまへん」
「牽引ロープ積んどったとおもうわ」
「!」
ナオキとはこんな奴である、しょうもない忘れもんはしょっちゅうするのに、一大事の時にはなぜか役に立つ。不思議じゃ。
おかげで無事脱出。
なんと室内まで冠水していたが、かろうじてシート下のパワーアンプまでは被害を受けずに済んだ。
でも二三日は天日干しをせないかんな。
こうやってしょうもない釣果と、しょうもない記憶が毎年積み重ねられて行き、しかしそれが少し後になってかけがえのないものになって行くことを、僕は最近身に沁みて実感するようになっている。
また行こう、サツキ釣りに。

おわり
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