東京下町ことば
アタシらはおそらく「東京下町ことば」で育った最後の世代のような気がする。
かかぁに「おめぇ〜も“おみおつけ”なぁんて言ったクチかい」って聞くと「おまいさん、懐かしいねぇ」だって。
古今亭志ん生はじめの昭和前半の名人落語を聞いたりしますってぇ〜と、
にわかにガキの時分が甦って来ます。
気がつけば、あやふやな記憶頼りに間違って遣っていたりの東京下町ことばですので、
ここは少しでも正しく遣えるようにお勉強の「東京下町ことば愛好会」。
入会してぇって、どうぞ・どうぞ…。

 標準語になった「江戸ことば」「東京ことば」ではなく、ここでは標準語にはならぬ庶民間で遣われ続けて来た東京下町ことばをクローズアップ。主に東京方言(ちゃった言葉など)や東京訛り(めっからない…など)などから構成されています。

[動詞につく音便化された接頭語]
 
つっぷす/ぶんなげる/ぶんまわす/とっつく/ぶっかける/ひっぱる/ひったくる/うっちゃる(強調の音便化)
[促音便化]
 
いやなこった、やなこった(いやなことだ)
[イ音便化]
 
おまいさん(おまえさん)/そいから(それから)/こいだけ(これだけ)
[aiのe変化]
 ちげーねー(違いない)/でーこん(大根)/へーる(入る)/てーげーにしやーがれ(大概にしやがれ)/へーる(帰る)
[強調を表す接頭語「お」がつく]
おっぴらく、おっぴろげる、おったまげる、おっぱじめる、おっぷりだす
[強調を表す接頭語「こ」がつく]
こっぱずかしい(小恥ずかしいのではなく、とっても恥ずかしい)
[鼻濁音]
鼻へ息を出して発音するガ行の音で発音記号はカ°。これに比しハッキリ「ガ」というのが標準語。鼻濁音が備わっているかの鑑定法は、鼻を軽くつまんで「鏡」「リンゴ」「はがき」などと言ってみればいい。鼻濁音で発音していれば、鼻翼が響く。歌手・藤山一郎の発音は鼻濁音の見本。



[あ行]

<あ>
※あたし
(男女共通語で、東京もんは「あたし」とはっきり言います。「た」がつまって「あっし」に聞こえるようですが、決して「アッシ」ではありません。秋谷勝三老人)/あたしら/あたしなんざァ/
※あたい(職人とか小商人の娘なんかは「あたい」です)
※姐さん
(職人・長屋の住人たちが、親方・棟梁その他、目上の兄哥の女房を親しんで呼ぶ場合の用語。特に敬称的に使う時は「姐御」という)
※あに(兄)さん、あね(姉)さん:うちの兄さん姉さんがねぇ
※あんた:細君が自分の亭主を呼ぶとき。「あァ〜た」と次第に鼻にかかってくる。
あいな(女言葉の「はい」)/ありゃしねぇ/ありゃあねぇ/あったけぇ(暖かい)/あたりまい(前)だってんだ/あったまる(暖まる)/あっちィこっちィ(あちらこちら:東京訛り)/あっけらかん/あンだろう(あるのだろう)/あすび(遊び)/あすこいら/あぶれる/
あっしァ(ァ=は)/横っ面ァ張り倒す(ァ=を)/腹ァへっちゃった(ァ=が)/そんなわきゃァない(ァ=は)江戸にゃァいられない(ァ=は)/

<い>
いってえ(一体)どうしたんで…/いらんない(居られない)/いきゃあがれぇ/いっちまいやがった/いっつくれんのか(行ってくれるのか)/いっそのことおめぇ/粋がって(粋ぶって)/いなせ/いごかない(動かない)/旅ィでましてね(ィ=に)/あすこィ足を入れたもんで…(ィ=に)/お座敷ィ出るっていうと(ィ=に)/家ィ帰って(ィ=に)/行っといでよ(行っておいでよ)/言っておしまいよぅ(言ってしまいなさいよ)/いらっしゃいませ(ませは女言葉で、男はいらっしゃいまし)/いい(好)ィい/いわく(結わく)/いかさま(やろう)/いいぐさ(言い種・質種、言い方)/いろもん(色物)/いぎたない/
※「いけ」の強調接頭語:いけすかない/いけうるさい/いけしつこい/いけしゃあしゃあ/

<う>とっととうせろ(消えうせろ)/力がうせる(なくなる)/うざったい/うるせぇ/うっちゃる(打ち遣るが元形、すてる、そのままもする)
「う」の省略:あいそ/がっこ/ほんと/ありがと/

<え>
えれえなぁ(偉いなぁ)/丑三つ(午前二時)/えっちらおっちら(つらそうに歩く、やっと歩く)

<お>お前さん/おめンところ(お前のところ)/おめー/おめぇ/おめんとこの/
    おっとっつぁん/おとっちゃん/おっかさん(だってぇ、おっかさんが駄目だつうもん)/
おたんこなす/おんなし(同じ)/売ってお仕舞いよ/おくんなさいよ/おもて(往来)/往来で(通りで)/おっこちた/追っ駆ける/おなし(同じ)のも/なんかってなことォいって(ォ=を)/およしよ(止めなよ)/お上がンなさい/おかいんなさい(お帰りなさい)/おっつけ(やがて、そのうち、まもなく、もうじき、すぐ)/おーぜ(大勢)/
※食いもんの「お」:おみおつけ(味噌汁)/おつゆ(吸い物)/おこうこ、お新香(漬物)/おしたし/おむすび(おにぎり)/おせえて(教えて)くれ/おんなし/
お他力車力車引き(子供時分に…お他力車力あんぽんたん、と言っていた記憶がある。子供はなんでも自分でやるようにしつけられていて、親など他力に預かったのを冷やかす言葉で、意味知らずに言っていたように思う)

[か行]

<か>普通の家では母親を「おかあさん」と呼び、「お」をつけない「かあさん」は芸者屋の呼び方で、抱え芸者がお女将を「かあさん」といいましたね。で、
自分の女房は「家内」、くだけて言えば「かかぁ(嬶ァ)」「かみさん」。商人の奥さんは「おかみさん」。
かんげえて(考えて)/かんがい(考い)/かいる、かいって(帰る)/髪結(美容院)/何かあったのかい「え」(ソフト表現)/き蚊遣り線香(今は蚊取り線香だが、江戸っ子は蚊といえどこ殺すに忍びなく、蚊を追い払うの意でこう言った)

<き>きやがれ/きれぇなんだ(嫌いなんだ)/気まりが悪い/

<く>持ってくん(行くの)だから/入れてくんなぁ/また来らァ/くんなかった(くれなかった)/やってみてくんねえか/持ってくりゃァ良かった/ぐええ(具合)/ぐれえ(位)/くれがた(暮方)になって…/渋谷くんだり/くわせもの/くびったま(首玉)/

<け>
けぇった けぇろう けぇってくろ(帰る) けえしてくれ(返してくれ)/げえこく(外国)/けえて(書いて)くれ/

<こ>
こちとらァ(俺)/お金をこしらえる(作る)/こんちわ〜/こないだッから/こいじゃぁ(これでは)/こねぇ(来ない:これは東京訛り)/ごまんと金がある/こちとらァ(俺)/こっちは(自分は)/こんなんなっちゃッちゃ/こまっけえ/こった(あの人のこったから)/飛んだ事(こっ)た/ごたく(…を並べる、…をぬかす。「御託宣」の略で本来は神のお告げの意。転じて偉そうな言い方、かっこうよう啖呵。相手のたわごと、言いたい放題かってなことば)
 こけ(ひと「この俺」をこけにしやがって、馬鹿にしやがって)
 ごたいそうな口利いて…(大げさ、仰々しい、尊大ぶる)/


[さ行]

<さ>さようでございますか/さぶい(寒い)/さい(左様)でござんすか/さき(先方)さま/ざっかけない(荒々しく粗野)/

<し>
「始末」に悪い/しょーもねぇ/しょうがねぇ(仕様がない)/しやァ(仕様)ねえなぁ/「しまり」をして(戸締りをあいて)/しまいには(終りには)/して(そして)/しんぺぇすんな(心配すんな)/時化てんなぁ/時分どきはさけろ(食事時の訪問はさけろ)/しみったれ(ケチ)/しっきりなし/し(納)まえ/しゃっけー、しゃっこい(冷たい)/しっぱたかれる(叩かれる)/しやわせ(幸せ)もん/しぼ(紐)/しおりげた(日和下駄)/そこいらの小料理屋で、汐待ち(時を過ごして)しようじゃないか/七面倒くさくッていけねぇ/しょうべえ(商売)/しゃかんや(左官屋)/しとりもん(独身者)/
※しもた屋(仕舞屋:商店街の中にあって商業を営まない住み家。商家が店を仕舞うた屋の転)
しくば(宿場)/しゃく(百)人/しゃかん(左官)/しっぽり(男女のしっとり濡れるさま)/しんじく(新宿)
 しゅび(本来は首尾で、事の始めから終り」の意だが、結果の意で使われる。…事のしゅびはどうかね)

<す>
するってぇ〜と/すっ転ぶ/
※「そ」を「す」と言う場合が多い。「あそこ」は「あすこ」、「あそぶ」は「あすぶ」

<せ>せんだって(ついこの間)/せんには(以前は)/

<そ>
そのじぶんは(時分)/そいで/そいでもってさ/そォすりゃァ(そうすれば)/そのかし(そのかわり)/そいから(それから)/ ぞ
っこん(しんそこ、しんそこからの意。…あの女のぞっこんだって、ぞっこん参った)/そん所そこら/そんじょそこィら/そんなこったぁ(そんなことは)/そんとき(その時)/ぞんきな(?)/

[た行]

<た>
立て込んで/たんび(通るたんびに)/

<ち>ちけぇんだ(近いのだ)/ちょうずば/ちきしょう(畜生)め/とっとも
※ちょうだいな(…と駄菓子屋、お使いで店で怒鳴っていたが、子供心に変な言葉と思って次第に使わなくなった)
※ちょいと(下宿屋の娘が鏡花を起こしにくるんですよ。半鐘が鳴ってね。「ちょうと、どこかしら」ってね。鏡花はこの言振りにゾクゾクとなる。あぁ、俺は江戸に来た、東京に来たと…)
※東京方言の「ちゃった言葉」:見ちゃった/聞いちゃった/行っちゃった/…ちゃったわ/死んじゃった

<つ>…ったらないですねえぇ/明日ッから(ッが入る)/てい(という)のは/ってんで/ってぇものは…/ってぇ〜と/ってぇのが/ってんだよ/つまかわ(爪革、雨の時に日和下駄にかけるのも)/つべたい(冷たい)/

<て>てえへんだ(大変だ)/でねぇ(出ない)/でぇじょうぶ(大丈夫)/でえく(大工)/でーこん(大根)でけぇつらしやがって/てえげえ(大概)のこた(事)ァ/てえ(鯛)/てめー/てめーたち/

※商人は:「手前」「手間ども」で、相手さまには「そちらさま」「お宅さま」
「てめえ(手前)かッ」「てめえ(私)でございます」/てえげえ(大概)のこた(事)ァ

<と>「とう」に…/とっつぁま/どっか(何処か)/とっとと(死語っぽい)/とんがらし(唐辛子)/とーなす(カボチャ)/とばっちり(そばにいて居て受ける災いのこと)/

[な行]

<な>なっと(なると。四十ぐらいんなっと…)/なすった/なけなし(ほとんど無いこと。なけなしの銭)/

<に>にっちもさっちも(身動きのとれぬさま)/

<ぬ>
ぬかしやがった/

<ね>語尾に「ね」をつけるは東京方言/ねぇかぁ/ねっころがる(寝転がる)/
 ねっから(「根から」が促音に訛ったもの。ねっから地元人間に…、ねっから素人に…。生え抜き、生粋の意を含んで使う)


<の>のっぴき(…ならない。どうにもならない)/のっぺらぼう(なめらかでながいさま)/

[は行]

<は>はなっから(最初から)/ばあさま/…はってぇと〜/入りゃぁしませんと/はええとこ(早えとこ)/ばばっちい(きたない)/

<ひ>ひ(し)やかし/ひ(し)とさま(他人)/ひ(し)っかき回す/ひ(し)っちゃぶく/ひ(し)ん曲がる/

<ふ>ふるしき(風呂敷)/ぶきっちょ(う)/ぶっきらぼう

<へ>
へぇる(入る)/へえってる(入っている)/へし折る/ぺしゃんこ/へったくれ(へちゃむくれ)/へっぽこ(技の下手な者や役に立たない者をののしっていう語)/へなちょこ(未熟者をあざけって言う語)/べらぼう(人をののしる時に言う語。べら坊め)※べらんめぇ(べらぼうめぇ…の略 「手前なんざァ、穀潰しだ」…そこで、この…竹の箆になぞらえたんだそうですな。だから、本当は…あれは「ヘラボウ」なんだそうですが、どうも「ヘラボウ」じゃァ威勢がよくない…。ですから、わざわざ「ベラボウ」と訛ったもんだそうですが…。志ん生「錦の袈裟」より」)

<ほ>ほっつきあるく

[ま行]

<ま>まっつぐ(真っ直ぐ)/真っ直ぐな人(正直な人)/まちげえる(間違える)/まいンち(毎日)/まいあし(前足)/

<み>みめえ(見舞い)/みィんな(みんな)/みそっかす/見えっぱり/みっともない(見苦しい)/

<む>向う横丁

<め>めえとし(毎年)/家のめえ(前)/めえ(以前)から/めでてぇ(目出度い:東京訛り)/めっける(みつける)めっからねぇ(見つからない)/めっけもの/めえた(見えた)/めったやたら(滅多矢鱈。むやみに、めちゃくちゃにの意)/

<も>もん(物)/もうせん(ついこの間)/もっけ(…の幸い。思いがけない)/

[や行]

<や>下町では不定形の「や」をつけた。逢やしなかったか、やりやーしねー(やりやしない)。…をしてやがンの/やっぱし(ぱっぱり)/やっちゃば(青果市場)/やぼ、野暮用/焼けぼっくい(…に火がつく)/やせっぽち/やにさがる(得意然としてにやにやすっる)/やぼ(野暮)/やぼてん(極めてやぼなこと)/

<ゆ>ゆんべ(昨夜)/

<よ>よしておくれぇ〜/ようがす/よそ(他所)/よろしうがす/よござんす/よしんば/夜なべ(夜の仕事で家の中でするもの)/よこっつわり(横座り)/宵っぱり/よそいき(外出着)/よこっつら/よこっぱら

[ら行]

<ら>ら抜きはやめてちゃんと「ら」をいれましょう。着られる、見られる(ら抜きは、松本清張が自身の九州方言を小説に使った「着れる」「見れる」が使い易いと定着。昭和40年ごろから使われ出した:加太こうじ)

<り>その料簡がいけねぇやぁ(了見、量見の書き方があるが料簡が正しい。江戸時代は「思慮・思いやり」と「堪忍する・我慢する」の意があったが、東京下町になってからは「思慮・思い・心がけ」)

<る>

<れ>

<ろ>


[わ行]わゐうゑを
われの(俺の)/わけぇもん(若え者)/わりいように(悪いように)/
語尾に女は「わ」をつけるのは東京方言
わけあり(男女の仲)/わりが悪い、わりを食う(損な立場にまわって…)/わけまえ(分米)/

[ん]

<早口下町ことば>
「あっしゃ町内(ちょうねい)の若(わけ)えもんだが、今度の祭りに山車(だし)を引きずり引(ひ)ん廻(めぇ)すのに、おめえさんちの庇が三尺三寸出っ張ってのを取っぱらっちゃくんめぇか」

●「しと(人)がさぶい(寒い)っていってんだから、しばち(火鉢)へ、し(火)入れて持ってこい。空を見ろ、おし(日)さまがでてねぇだろ」

参考文献:
志ん生落語集(日本クラウンのCD)
古典落語・志ん生集、小さん集、圓生集(上下)、正蔵・三木助集 (ちくま文庫)
加太こうじ著「わたしの日本語」(立風書房)
大野敏明著「知って合点 江戸ことば」(文春新書)
林えり子著「宵越しの銭・東京っ子ことば〜秋谷勝三老人聞き書き」(河出書房新社)
林えり子著「東京っ子ことば抄」(講談社)
杉本つとむ著「江戸ー東京118話」(早稲田選書)
國學院大學日本文化研究所編「東京語のゆくえ」(東京堂出版)
松村明著「江戸ことば東京ことば辞典」講談社学術文庫
横田貢「べらんめぇ言葉を探る〜江戸言葉・東京下町言葉言語学」(芦書房)
横田貢「べらんめぇ〜お江戸ことばとその風土」(芦書房)
野村雅昭「落語の言語学」(平凡社選書)
秋永一枝著「東京弁は生きていた」(ひつじ選書)
読売新聞社会部「東京ことば」(読売新聞社)
久保田万太郎集


<アタシの東京下町ことば> 冒頭で「アタシらはおそらく東京弁で育った最後の世代のような気がする」と書いたが、東京弁話者からみりゃぁ、青二才どころか赤ん坊世代の昭和19年生まれ。祖父の代からの東京だが、板橋生まれだから江戸っ子からみりゃぁ田舎モン。だが板橋は関東大震災や東京大空襲で移住して来た下町育ちがたくさんいたのだろう、下町風情が濃厚に漂っていて、江戸(?)職人たちも多かった。前の家は全身刺青のべらんめぇ石工だったし、小学校通う途中に鍛冶屋もあった。母が江戸千家と古流師範で、出稽古で浅草芸者衆にも教えていたから下町花柳界の匂いも届いていた。戦後教育だから標準語育ちだが、耳にする大人たちの会話はかなり東京弁だったように記憶する。大人になって、ひょんなことから「書く」仕事で飯食うようになって東京弁は封印せざるをえず、半隠居の身になって東京弁への懐かしさ覚えての勉強コーナーの設置。

<参考文献について> 主に学者さんの著作(例:「江戸ー東京118話」「東京語のゆくえ」「江戸ことば東京ことば辞典」)は、標準語になった江戸ことばのうんちくが中心で、余り参考になりません。その点、落語の速記本、無名のお年寄りの口述をちゃんと戻した聴き書き本が資料の宝庫で、参考文献も庶民系がいいようでございます。

●東京下町ことばメモ●

<小林信彦「和l菓子屋の息子」(1)>
 明治維新で東京を占領した薩摩・長州の人々は江戸の匂いを残す<下町ことば>を嫌い、徳川時代からつづく<江戸の山の手ことば>を採用した。大ざっぱにいえば、そこから<標準語→共通語>が生まれたといってよいだろう。この<標準語の仮面をかぶった山の手ことば>は長い時間をかけて<下町ことば>を圧迫してくる−−といったことは、そこらの本の中に書いてある。
<物売り> 小林信彦「和菓子屋の息子」(2)>によると、両国・薬研掘に「物売り」が来ていたのは明治末から昭和10年代までとしてさまざまな物売りが列挙されているが、アタシは板橋の北区寄りで最寄駅が「十条」の地だが昭和30年頃までさまざまな「物売り」が来ていてように思う。思い出すままに記せば…
「羅宇(らお)屋」:ウチのおばあちゃんはずっとキセル派で、その年代は皆そーだったように記憶している。和紙を親指と人差し指でよってヤニ掃除をよくしていたが、これでダメな時は「羅宇屋」に出したように思う。蒸気がピーピーという音を発していた。
「研ぎ屋」:これは珍しくなんかぁちっともなくて、今だって前ぇの団地に時折来ているよ。
「竿や竹ざお」:これも珍しくない。つい最近までこの辺にも来ていたが、今は竹ではなくステンレスに替わっている。呼び声は「サオヤ〜・タケザオゥ〜!」だった。
「納豆屋」
:ちょっと頭ぁわるそぉーな青年が、前につんのめるような感じで「ナット・ナット・ナット〜ヤ」と走っていた。
「玄米パン売り」:「玄米パァ〜ンのホッカァホカァ〜」と流していたのは、何時の頃だったろうか。これは流行りもので、現れて、しばらくしてサッと姿を消した。
「豆腐屋」:真鍮の牛の角みてぇなラッパを吹いていた。
「紙芝居屋」:ちょっと広い横丁に来ていた。ウチは品が良かったから「あんなとこの水あめ買っちゃいけませんよ」で、堂々と見る資格なく、遠くから紙芝居を羨まし気に見ていた。
「しじみ売り」:「シンジミィ〜・アサリィ〜」と両天秤かついで来ていたなぁ。「あっさり死んじめぇ」と聞こえた。
「風鈴屋」:これもワッサ・ワッサと両天秤をかついで来ていた。
「ほおずき屋」七月初旬の浅草ほうづき市が有名だが、これも季節になると両天秤で来たように覚えている。ほうづきを優しくもみほぐしながら中味を上手に出して、洗ってから吹いたと思う。これと一緒に「海ほうづき」も必ず買った。
「金魚屋」
:これも両天秤、のちにリヤカーになったように記憶している。「エェ〜、キンギョエ〜・キンギョ!」の呼び声だった。
「鋳掛け屋」:も時折、横丁に来ていたように思う。なべ、かまを叩いて穴塞ぎしたり、ハンダづけしたり…
★これは「物売り」じゃないが、生ゴミ回収の木箱型大リヤカーがチリンチリンと手鐘を鳴らしながら来ていて、肥溜めバキュームカーも定期的に来ていた。

 これだけの事をしっかり覚えているってことは、ホントの「下町」は「下町風情」を最も早く(昭和10年代ころから消滅し始め、全滅したのは昭和20の大空襲)に亡くした地で(これは未だ誰も言っていない新説かも)、むしろ板橋や北区辺りの方が昭和20年代末から30年初め頃(戦後10年間頃)まで「下町風情」を濃厚に残していた稀有な土地柄だったような気がしてならない。アタシもそうだが「ひ」が言えず、ずっと「し」で、少年時代に「ひ」が言えるように特訓した。今でも「ひ」を言うときに喉の上部に抜けるようにして意識して発音している。アタシらの周りじゃ、みんな「し」だったような気もする。また北区のサイトをざっと覗いてみると、やはり「この辺は震災、戦災で下町の人たちがドッと移住して来た町」と記した文にも出会うワケで、これは面白いテーマだなぁと思っている。
<木村梢「東京山の手昔がたり」> ざあます言葉というのは東京言葉を知らない人間が山の手風にきどって使いはじめた新造語で、私の育った頃の麹町の人たちはだれもざあますなどと喋ってはいなかった。(中略)。東京といっても明治となった当初の山の手は、大半が薩長出のお偉い高官が占めていたわけで、東京弁は肩身の狭い思いをしたことだろう。
<秋永一枝「東京弁は生きていた」> K 東京のことばには大体にあのう、受け身のことばはないん(です)。だからこの頃のように、「お休みさせて頂きます」ってねぇ。/−あれはいやでございますね。/K いやですねえ。休みたかったら勝手にやすみゃあいいんでねえ。/− お休みいたしますと。/K それを「させて頂きます」っていうと、あれは慇懃無礼なことばです。/ー 関西はああ言いますでしょ。/K 関西語っていうのは受け身のことばが多いの。つまり商人の所ですからね。



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